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大阪高等裁判所 昭和53年(行コ)32号 判決 1982年6月29日

控訴人・附帯被控訴人(被告) 大阪市

被控訴人・附帯控訴人(原告) 塩貝太吉 外三名

主文

控訴人の控訴並びに被控訴人らの附帯控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人塩貝太吉、同福島正雄、同山田米三郎、同渡辺シナヨがそれぞれ控訴人の設置する学校の校務員たる地位を有することを確認する。

2  被控訴人らの第一次請求に基づき、控訴人は

(一)  被控訴人塩貝に対し金二〇二三万八三三六円、被控訴人福島に対し金一九二六万六五五二円、被控訴人山田に対し金一六八四万四二二〇円、被控訴人渡辺に対し金一五八九万七七〇八円及び別表第一(1)ないし(4)の各(一)に記載の当該被控訴人に対しそれぞれ同表合計欄(最下段を除く)記載の各金員に対する同表記載の遅延損害金起算日から各支払ずみまで年五分の割合による金員

(二)  昭和五六年四月一日以降本判決確定に至るまで、毎月二〇日限り、被控訴人塩貝に対し金二二万四八五六円、被控訴人福島、同山田、同渡辺に対し各金二一万一八九六円

をそれぞれ支払え。

3  被控訴人らの予備的請求に基づき、控訴人は

(一)  被控訴人塩貝に対し金一四二二万五六七六円、被控訴人福島に対し金一三六二万七九七四円、被控訴人山田に対し金一一六〇万二八四一円、被控訴人渡辺に対し金一〇六〇万〇〇五四円及び別表第一(1)ないし(4)の各(二)に記載の当該被控訴人に対しそれぞれ同表累計欄(最下段を除く)記載の各金員に対する同表記載の遅延損害金起算日から各支払ずみまで年五分の割合による金員

(二)  昭和五六年四月一日以降本判決確定に至るまで、毎月二〇日限り、被控訴人塩貝、同福島に対し各金五万五〇八〇円、被控訴人山田、同渡辺に対し各金五万一九四八円

をそれぞれ支払え。

4  被控訴人らの本判決確定の日の翌日以降の給料・諸手当及び損害賠償金の請求にかかる訴えを却下する。

5  被控訴人らのその余の第一次請求を棄却する。

6  訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

7  この判決は主文2・3項の各(一)のうち、被控訴人塩貝、同福島につき各金二〇〇〇万円、被控訴人山田、同渡辺につき各金一六〇〇万円の支払を命じた部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。」との判決と控訴棄却の場合における担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、被控訴人らは、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴として「(1)控訴人は、(一)被控訴人塩貝に対し金三四四六万四〇一二円、被控訴人福島に対し金三二八九万四五二六円、被控訴人山田に対し金二八四四万七〇六一円、被控訴人渡辺に対し金二六四九万七七六二円及び別表第二(1)ないし(4)に記載の当該控訴人に対しそれぞれ同表累計欄記載の各金員に対する同表記載の損害金起算日から各支払ずみまで年五分の割合による金員、(二)昭和五六年四月一日以降毎月二〇日限り被控訴人塩貝に対し金二七万九九三六円、同福島に対し金二六万六九七六円、同山田及び同渡辺に対しそれぞれ金二六万三八四四円を支払え(右金額は原判決認容額を含む)。(2)附帯控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決と(1)につき仮執行の宣言を求め、控訴人は附帯控訴棄却の判決を求めた。

第二主張

当事者双方の主張は、以下のとおり補足するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  被控訴人ら

1  地方公務員に対する定年制は現行地公法に違反することについて

(一) 地方公務員に対する定年制は、現行地公法では禁止され、条例ないし労働協約で定年制を定めることは許されないことは、同法制定以来の通説であり、同法制定に伴い出された昭和二六年三月一二日付自治省通達も同様の見解である。そのため、従来多くの地方公共団体で実施されていた定年制は、同法の制定とともに廃止され、その後、本件大阪市を除いて定年制を実施する地方公共団体は皆無である。以上のように、定年制が同法に違反することは、学説、行政実例及び現実の社会現象を通じいわば高度な法的確信ないしは規範となつている。

(二) 控訴人は、定年による退職は、行政処分としての免職ではなく当然失職に当たることを根拠として、定年制が地公法に違反しないと主張する。しかし、定年制は、就労の意思及び能力のある労働者をその意に反し排除しようとする点においてその実質は解雇であるから、定年制は、解雇事由ないし解雇基準を定めるものであり、これは分限処分としての免職の事由を定めることであつて地公法二七条二項に抵触し許されない。

(三) 仮に、定年制をもつて、失職の事由を定めたと解するとしても、地方公務員に対し法律によらずして定年制を設けることは許されない。

現行公務員法制における公務員の任免に関する定めは、その身分保障という側面のみでなく、進んで人事行政を客観的な規範のもとに民主的かつ科学的に運営することを目的としており、かかる規範の定立は、公務員の使用者たる国民の意思が反映される国会が制定する法律によるべきことは憲法の要請するところである。また、公務員の身分保障の意義は、一つには公務員の独立性と公平を保つことによつて行政の安定性ないし公正を確保するという公共目的を達することであり、他の一つは労働者としての公務員の生存権・労働権を保障すること及びこれによつて行政の公正も確保されていることにあり、控訴人の主張するように恣意的な人事行政に対する身分保障という意味においてのみこれをとらえることは重大な誤りである。さらに、現行地公法が定年制を採用していない理由は、職務遂行の適格性を有する限り年令によつて差別を設けず、個別的人事管理によつて公務能率の確保が図られているので、一定年令の到達を唯一の理由として退職させることは論理的にも整合せず却つて公務の安定性・公正の確保等を侵す結果を招くからであつて、立法論として定年制を検討することは別個の問題である。

以上の点からみて、地公法二七条ないし二九条の規定は、恣意的な人事行政に対しての身分保障のみでなく、そのほかの上記目的を達するために、積極的に地方公務員の離職の種類と事由を法定し、かつ限定し、その反面法律によらない失職事由を設けることを許さないということであるから、同法の法定事由に該当しない定年制による失職は地公法の認めないところというべきである。

(四) また、公務員に対する分限の制度は、行政処分によるもの及びそれ以外の事由によるすべての身分上の変動を対象とした制度であるから、地方公務員に対する分限の基準である地公法二七条二項にいう免職の意味は、行政処分による免職事由を例示的に規定した同法二八条一項によるもののほか、広く当該地方公務員の意に反する離職すなわち失職をも含む趣旨と解されるので、同法二七条二項は、法律で限定した事由以外による失職を認めない旨の分限の基準を定めているとみるべきである。

(五) さらに、定年制を失職事由とみても、これは地公法一六条に違反する。すなわち、地公法とその制度的内容を共通にする国家公務員法(以下、「国公法」という)に基づく人事院規則八―一二、七一条四号は、失職を「職員が欠格条項に該当することによつて当然離職すること」と定義し、地公法二八条四項も同様に欠格条項に該当する場合の失職(離職)の規定を設けており、失職は欠格条項との関連においてのみ予定された法的概念とみられるが、定年制による失職の制度を設けることは一定年令以上の者は公務員になれないという欠格条項を新たに設けることにほかならず、かかる欠格条項を法律によらないで定めることは地公法一六条に違反する。

2  単労職員について労働協約により定年制を定めることは協約自治の域を超え違法無効であることについて

校務員は地公法三条二項による一般職の地方公務員であると同時に同法五七条にいう単労職員であり、地公労法附則四項により同法七条、八条等の適用があり労働協約締結権等を有することとされ、当事者自治の原則により地公法の適用が一部除外されてはいるが、なお地公法二七条ないし二九条の適用がある。そして、地公法の前述の法の趣旨からみて、地方公共団体が条例によつて定年制を定めることも許されないというべきであり、他方、労働協約が条例に抵触することも許されていない(地公労法八条)のであるから、条例より下位の規範とされる労働協約によつて定年制を定めることができないことは明らかである。控訴人は、地公労法七条が免職その他の労働条件に関する事項を団体交渉の対象とし、これに関し労働協約を締結することができるとした規定をとらえ、労働協約により勤務条件の一つである定年制を定めることは可能であり、かつこれは地公法五七条により同法二七条二項の「この法律で定める事由」に該当すると主張する。しかし、右の見解は、団体交渉と分限という全く別個の規定を単純に直結する誤りを犯しているのみでなく、かかる見解にしたがえば、分限懲戒事由を労働協約により無制限に拡大しうることとなり、勤務条件法定主義のもとに職員の身分を保障した地公法の趣旨が没却され、同法所定の不利益処分の内容と矛盾する労働協約も可能となり、それが地公法二七条二項の「この法律で定める事由」として法律と同等の効力をもち、かくては下位規範の労働協約が上位規範である法律を改廃する効力をもつこととなるのであつて、かかる現象が法治主義の原則に反し許されないことはいうまでもない。

以上要するに、単労職員は地公法によりその意に反する離職事由が法定されているのであるから、これとは別に当該公務員の意に反する離職事由である定年制を労働協約で定めることは協約自治の域を超え違法無効である。

3  附帯控訴による拡張請求の請求原因

被控訴人らが本件失職をせず、控訴人の職員としての地位を有し、かつ昇給等をした場合には、別表第二(1)ないし(4)に各添付の「賃金明細説明」記載のとおり昇給、昇格ができ、別表第二(1)ないし(4)の「賃金明細表」記載のとおりの給料、諸手当(以下、両者を合せて給与ともいう)を各月毎に支払を受けることができたものである(なお、以上の給与は原審における請求額を含む)。

仮に、被控訴人らの本件失職後の昇給等が認められず、前段主張の給与と失職当時の給与に基づく計算額との差額部分につき控訴人主張の理由で賃金性が認められないとしても、右差額部分相当額は国賠法に基づく損害賠償として控訴人にその支払義務がある。その理由は、原審における主張のとおりであるからこれを援用する。

よつて、被控訴人らは控訴人に対し、昭和五六年三月末日までの別表第二(1)ないし(4)の各被控訴人関係部分の給与合計欄最下段掲記の金額及びその内金である同表累計欄記載の各金員に対する弁済期又は不法行為後である同表損害金起算日欄記載の日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ当該被控訴人に対してその支払をすべきことを求めるとともに、同年四月一日以降毎月二〇日限り被控訴人塩貝に対し金二七万九九三六円、同福島に対し金二六万六九七六円、同山田及び同渡辺に対しそれぞれ金二六万三八四四円の各支払をすべきことを求める。

4  控訴人の後記4(二)の主張に対する認否と再抗弁(消滅時効関係)

(一) 控訴人の主張4(二)は否認する。なお、被控訴人らの請求は、別表第三のとおり拡張する以前においても全部請求の趣旨であり一部請求ではないから、同(3)の主張は失当である。

(二) 被控訴人らの給与債権ないし予備的請求にかかる損害賠償請求権は本訴提起により消滅時効が中断されている。その理由は原審における主張と同じであるから、これを援用する。

(三) 本件は、控訴人が長期に亘り被控訴人らの地位を争つている事案であり、控訴人の時効の援用は信義則に反し許されない。

二  控訴人

1  単労職員の法的地位等について

単労職員は、後記企業体職員とともに地公法のほか地公労法、地方公営企業法(以下「地公企法」という)の一部適用により、多くの点でそれ以外の一般職の地方公務員と区別して民間労働者並みに扱われており、このことは単労職員の職務の性質が後者のそれと同質であることによるのであるから、前者における勤務条件法定主義を機械的に単労職員に適用すべきでない。そして、定年制は後述のとおり地公法二七条二項とは関連のない制度であつて地方公務員に与えられた身分保障を損なう不利益処分ではないのであるから、単労職員についての定年制の労働協約は直接地公労法に基づきその効力を判断すべきであり、本件協約が地公労法七条二号又は四号に該当する労働協約として有効であることは明らかである。

なお、単労職員及びこれとほぼ同一の法的地位をもつ地公企法の適用のある企業体職員を除く一般職の地方公務員の勤務条件法定主義の内容は法律のほか条例によつて定めうることは後述のとおりであるから、地方公務員一般について、勤務条件法定主義を根拠として、法律に明文のない定年制は許されないと解するのは誤りである。

2  現行地公法は定年制を禁止していないことについて

(一) 地公法二七条二項、三項は、同法二八条、二九条と対比すれば明らかなように、行政処分としての分限及び懲戒について定めているにとどまり、これとはその性質を異にする定年制をも禁止しているとするのは文理解釈の限界を超え許されない。また、同法二七条が身分保障の規定であることに異論はないが、身分保障と定年制はその目的及び内容を異にするのであるから、身分保障の規定の存在自体から直ちに定年制を禁止しているものとするのは論理の飛躍であつて、同条が定年制を禁止している趣旨とみうる根拠はない。さらに、地公法の立法過程、学説、過去における地公法改正案についての国会審議をみても、地公法二七条二項が定年制を禁止しているとの昭和二六年三月の自治省公務員課長名による行政解釈は誤つていることは明らかである。

(二) 定年制は地公法一六条に違反しない。被控訴人らは、定年制は新たな欠格条項を設けることで同条に違反すると主張するが、同条は、公務員にふさわしくない不適格者を排除する規定であり、定年制は右にいう不適格者としての欠格とは関係がなく、就官(任用)能力はあるが一定年令に達した場合に職を失うもので同条の欠格条項とは異なるから、定年制が同条に抵触するところはない。

(三) なお、地公法では条例によって定年制を設けることも理論上可能な点を注意すべきである。すなわち、国家公務員や三公社職員についての勤務条件は法律により決定すべき事項とされているが、地方公務員については、勤務条件の基準、大枠について法律で定めることができるが、法律に定めない事項やこれに抵触しない事項、法律の範囲内での具体的事項は条例で定めうるのであつて、地方公務員の勤務条件は、勤務条件法定主義イコール勤務条件地公法法定主義ではなく、勤務条件地公法・条例法定主義が正しく、地方公務員の定年制は条例で定めることができるのであり、過去地公法改正案が同趣旨の規定を設けようとしてきたのは確認規定を置こうとしたにすぎないのであつて、以上の解釈は憲法の保障する地方自治の本旨にも適合する。

3  労組法一七条の労働協約の一般的拘束力について

(本件労働協約の拡張適用の場所的範囲)

(一) 本件労働協約は大阪市を場所的範囲とするすべての校務員に拡張適用せられるべきである。

労組法一七条は労働協約の拡張適用の場所的範囲について「一の工場事業場」という文言を用いているが、その意味は、労基法等にいう「事業場」を指すものではなく、同条の立法目的に即して解釈すべきものである。すなわち、同条の立法目的は、多数労働組合の締結した協約を事業場のすべての同種の労働者に拡張適用することによつて、当該事業場の同種の労働者の労働条件を統一化し、よつて労働協約の存立を確保し、労働組合の団結の強化をはかろうとすることにあり、労働協約の一般的拘束力制度は、決して協約部外者である少数労働者の保護を、直接目的とするものではない。

右のように、労組法一七条の立法目的が多数労働組合の協約の存立を確保し、当該多数組合の団結の保障をはかることにあるとするならば、当該労働協約の拡張適用せられるべき場所的範囲は、当該労働協約の存立を確保するという目的のため、当該労働協約がいかなる場所的範囲において締結せられ、存立しているかということ、及び当該労働組合の団結を保障するため、当該組合がいかなる場所的範囲を包括して結成されているかということ、すなわち当該協約ならびに組合の存立基盤である場所を範囲として決定せられるべきである。したがつて、当該労働協約が企業を範囲とする企業レベルで締結せられ存立しているか、あるいは事業場を範囲とする事業場レベルで締結され存立しているかによつて、拡張適用の場所的範囲を企業範囲か、事業場範囲かに決定すべきものである。

右に述べた法理は、労組法一七条とならんで労働協約の一般的拘束力制度を規定している同法一八条についてみれば、さらに明らかである。同条は労働協約が一定の地域を基盤として存立している場合、特定企業または事業場において多数協約であるか否かにかかわらず、当該地域全体に拡張適用せられることを定めている。

(二) 右の法理を本件に即してみれば次のとおりである。

(1) 控訴人大阪市は、その市域全域にわたつて五〇〇余の市立幼・小・中・高・盲・聾、養護の各学校園を設置し、市教委はこれらの学校園の人事を管理している。被控訴人ら校務員(管理作業員)は、右の五〇〇余の学校園に分散して、各学校園に平均二ないし三名づつ配置されている。

(2) 校務員の労働組合組織状況は、昭和四三年六月二二日現在(学現労結成時)で多数組合である教組に属する者約九一パーセント、少数組合である学現労に属する者約七パーセント、非組合員は約二パーセントである。しかし、暫定的定年制を定めた覚書(以下「覚書」という)締結日である昭和四三年三月二九日現在では、教組に属する者九八パーセント、非組合員約二パーセントであつた。このように教組は右覚書締結当時は大阪市の学校園に配置された校務員を包括する唯一の労働組合であり、その後教組からの脱退者により学現労が結成されたとはいえ、なお校務員の圧倒的多数をもつて組織され、大阪市全域を統轄する労働組合である。

なお被控訴人らは右のうち少数組合である学現労に所属している。

(3) 控訴人大阪市と校務員の労働組合との交渉は、教組結成前は市教連が対市教委交渉をおこない労働条件を統一的に決定してきたが、昭和三八年一月二九日の教組の市労連加盟後は、教組が市労連の構成単組として、対市交渉をおこない、校務員についての統一的な労働条件の決定をおこなつてきた。このように、教組ならびに市教連による交渉は、相手方たる当事者に市と市教委の区別はあつたが、いずれの場合も、市教委管理下にある大阪市の五〇〇余の学校園のすべての教職員について、統一的な労働条件を決定するためにおこなわれてきた市レベルの交渉であり、各学校園もしくは区単位の交渉ではなかつた。しかも、このような交渉方法による労働条件の決定は数十年にわたつて維持されてきており、労使慣行としても定着しているというべきである。

(4) 労組法一七条の「一の工場事業場」とは、各学校園単位にみるべきで、本件の場合につき五〇〇余の各学校園ごとに同条所定の要件を満たしているか否かにより拡張適用の当否を判断すべきであるとする見解がある。しかし、右覚書ならびに本件協約は、大阪市の全地域の学校園に配置されている校務員の圧倒的多数によつて組織された労働組合である教組との交渉によつて、校務員の統一的な労働条件基準を設定することを目的として締結されたものであるから、拡張適用の場所的範囲を、五〇〇余の学校園単位に分解して決定すべきではなく、労働協約の存立の確保と組合の団結の保障のためには、その存立の基盤である大阪市の範囲と考えるのが正当である。また、このことは組合員であるか否かを問わず、同種の労働者は、すべて同一の労働条件基準を統一的に適用さるべきであるという法の精神にも合致する。

(5) また、本件のごとく、各学校園に平均して二ないし三名の校務員が配置されているにすぎない場合において、各学校園を拡張適用の場所的範囲たる事業場とするならば、「四分の三以上の同種の労働者」の要件は、ただ一名の転出入、退職によつて、比率が逆転し、それによつて拡張適用の可否が左右されるという不安定な状態が生じ、協約自体の存立も不安定にならざるをえない。

(6) さらに重要なことは、昭和四三年六月二二日に、右覚書による定年制に反対するため、教組より脱退して結成された学現労組合員のうち、昭和五五年九月末現在で、右覚書および本件協約に定める定年退職時期に、所定の退職処遇にしたがい、別段に紛議を生じることもなく退職した者は六五名におよび、定年制の効力について争つている者は、わずかに本件の被控訴人ら四名と別件の四名の八名にすぎないという事実である。この事実は、教組との交渉によつて決定された労働条件は大阪市全域の各学校園の校務員に画一的統一的に適用されるべきものであるという労働者の規範意識が厳然として存在していることを示すものにほかならない。

(本件労働協約の拡張適用の人的範囲)

本件労働協約は非組合員のみならず、四分の一以下の少数組合である学現労の組合員にも拡張適用される。

(一) 多数組合の労働協約は、たとえ労組法一七条の要件を具備していても、同種の労働者が他に労働組合を結成している場合には、その組合員には拡張適用されないという見解があるが、これは次の理由から首肯しがたい。

一般的拘束力制度の立法目的は、多数組合の労働協約の存立の確保と団結権の保障にあることは既に述べたが、この制度には、さらに、事業場内で圧倒的多数を占める(少なくとも四分の三以上)労働組合の労働協約による当該事業場内での統一的画一的な労働条件基準の設定という機能と効果が期待されている。すなわち、未組織労働者や少数組合の組合員を協約の適用外に放置することなく、多数組合の労働協約基準に画一的に統一することによつて、労使関係を秩序づけるという機能と効果である。同一事業場の同種の労働者について、主義主張を異にする毎に異なる組合が乱立し、同種の労働者でありながら、異なる労働条件のもとにおかれているということは、労使関係の不統一のみではなく、不平等を発生させ、或いは差別を助長し、ひいては労使関係自体を非常に不安定なものにする結果となる。ここにおいて、労組法一七条は、当該事業場の四分の三以上の労働者を代表する多数組合の労働協約の人的適用範囲を、事業場内の全ての同種の労働者について拡張し、当該労働協約の適用下におくことによつて、当該事業場に画一的統一的な労使関係の秩序を形成させることを認めているということができる。

本件においては、定年制に関する事項こそ争われているが、それ以外のすべての事項について、教組・市教連の、対市・対市教委交渉の結果決定された労働条件によつて、市地域のすべての校務員が、教組に所属するか否かを問わず、画一的統一的に処遇されてきている。

したがつて、本件労働協約についても、当然、非組合員であるか、少数組合員たる学現労の組合員であるかを問わず、すべての校務員に拡張適用されるべきものである。

(二) 右のように、多数組合の労働協約を少数組合の組合員に拡張適用すれば、少数組合固有の団結権、団交権、労働協約締結権が不当に侵害されることになるから、認めるべきではないという見解がある。

もちろん、少数組合といえども労働者の団結体である以上、その固有の団結権、団交権、協約締結権は保障されなければならないことは当然であるが、少数組合が独自の労働協約を締結していない場合は、多数組合の労働協約が少数組合の組合員に拡張適用されたからといつて、少数組合の団結権、団交権、労働協約締結権を侵害することにはならない。少数組合は独自に交渉をおこない、労働協約を締結することができる。しかし、この際に、同一事項につき、特に合理的な理由もなく、多数組合の組合員と少数組合の組合員とを差別的に取り扱うことは、労使関係の秩序の画一性、統一性の要請に反するばかりでなく、不当労働行為に該当するということにもなる。

(三) 仮に、多数組合の労働協約は、四分の一に満たない同種の労働者が別個に独自の労働組合を結成している場合は、これら少数組合の組合員には拡張適用されないとしても、本件については、次のような理由から拡張適用されるべきである。

学現労は、定年制に反対して結成され、その方針を変更していないと主張する一方、右定年制に定める退職時期に、所定の処遇を受けて退職するか否かは、組合員の個人的な判断に委ねていると主張している。このように学現労が、組合としては定年制に反対、組合員としては定年制に応ずるか否かは自由という態度を方針として定め、しかも、前記のように、学現労組合員中本件被控訴人らを含む八名を除く、六五名の多数が定年制に応じ、所定の退職時期に所定の処遇を受け、円満に退職しているという事実がある。すなわち、学現労が、定年制に対し、組合としてはともかく、組合員に対しては、全く個人的判断に委ね、労働協約の適用を受けて定年退職することも、組合の方針にかかわらず、個別の組合員の全くの自由としているのであり、その結果として多数の者が適用をうけ退職しているわけである。したがつて、組合がこのような方針をとつている以上、本件労働協約の拡張適用の当否についても、組合をはなれて、組合員の個人的レベルで取り扱いこれを拡張適用しても、組合の団結権、団交権等の侵害にはならない。

右のように、学現労が協約の適用を受けるか否かを個人的判断の問題としている以上、多数組合の他に少数組合が存在しない場合と同様に、当然、本件労働協約は拡張適用されるべきである。

(四) 被控訴人らは、学現労は、確かに定年制に関する労働協約は締結していないが、これは白紙の状態を意味するのではなく、定年制の労働協約を意識的に締結しないことにより、地公法の身分保障を守り権利を確保しているのである(地公法が有利な協約にあたるという)とし、あるいは、本件定年制を定める労働協約は地公法で保障されている既有の権益を侵害するという理由から、本件労働協約は拡張適用されないと主張する。

右の主張は、あくまで地公法が定年制を労働協約によつて定めることを禁止しているという論旨を前提とするものであつて、その前提に誤りがあることは既に述べたとおりである。

また、地公法上定年制の規定を欠くことは事実であるが、このことは被控訴人らの主張のように有利な労働協約あるいは既有の権益が存在することを意味するわけではない。(最高裁大法廷昭和四三年一二月二五日判決参照)

4  被控訴人らの当審における拡張請求の請求原因に対する認否と主張

(一) 被控訴人らが本件各失職時以降控訴人の職員として勤務し、かつ昇給、昇格ありとした場合の計算上の給料、諸手当等の給与が被控訴人らの主張のとおりであることは認める。

但し、右各給与は無昇給、無昇格として扱われるべきであることは原審で主張したとおりであるからこれを援用し、その場合の被控訴人らの各給与額は別表第四(1)ないし(4)記載のとおりで、かつ昭和五六年四月一日以降の給与月額は、同表記載の昭和五五年度分給料月額のとおりである。

被控訴人らが当審で拡張した国賠法に基づく損害賠償の予備的請求に対する認否は原審におけるものと同じであるから、これを引用する。

(二) (消滅時効の抗弁)

(1) 被控訴人らの当審における拡張した給与の請求額のうち、当審で請求した昭和五五年五月二二日、同年一一月二〇日及び同五六年四月八日からそれぞれ二年を遡る部分は、地公法五八条三項、労基法一一五条、地方自治法二三六条に基づき時効により消滅している。

(2) 被控訴人らが、前記(1)の各日時当審で拡張した国賠法に基づく予備的損害賠償債権も時効により消滅している。その理由は原審における主張のとおりであるから、これを援用する。

(3) 被控訴人らの上記各拡張請求額のうち、別表第三記載の拡張分(昭和五五年五月二二日及び同年一一月二〇日請求のもの)については、原審当時すでに履行期が到来しこれを請求することになんらの障害がなかつたのに敢てこれを請求することなく推移したもので、被控訴人らは、原審で明示の一部請求をしていたものというべきであるから、別表第三記載の拡張分は前記理由により二年又は三年を遡る部分は時効により消滅している。

5  被控訴人らの4(二)(三)の再抗弁に対する認否

すべて否認する。

第三証拠<省略>

理由

一  控訴人が、その職員である被控訴人らに対し、本件定年制を定めた本件協約に基づき本件失職の通知をした経緯及び本件協約が地公法(昭和五六年法律第九二号による改正前のもの、以下特記しない限り同じ)二七条二項に抵触しその限度で効力を有しないので本件失職は無効であり、被控訴人らは、なお控訴人の設置する学校の校務員たる地位を有することについての認定判断は、次のとおり補足するほか、原判決理由一、二の説示と同じであるから、これを引用する。但し、原判決五三枚目表八行目の「職員が」から同裏三行目の「鑑み」までを削除し、五六枚目表九行目の「七条二項」を「七条二号」と、五八枚目裏二行目の「二七条一項」を「二八条一項」とそれぞれ訂正する。

1  地公法と本件定年制について

控訴人は、本件定年制は地公法の制約外であると主張する。しかし、(1)地公法は、地方公務員の任用等の勤務条件、分限及び懲戒その他人事行政の根本基準を確立して地方行政の民主的かつ能率的な運営を保障して地方自治の本旨の実現を目的とする(同法一条)ものであり、同法二七条ないし二九条は右にいう分限及び懲戒に関する根本基準とみられること、(2)公務員法上分限とは、職員の身分保障を前提とした身分上の変動に関する基本的事項すなわち降任・休職・免職・失職等の要件、効果に関する事項を指すものと解され、定年制は、一定の年令に達したことを理由として、職員の勤務能力や意思にかかわりなく失職させる制度であるから、新たな分限事項を定めるものである解すべきであること、(3)現在の公務員制度は、国と地方公共団体を通じて人事行政の根幹にかかわる主要な分限処分、懲戒処分及び失職の事由はいずれも法律で定め、人事院規則や条例によつて新たにこれを定めることを許していないと解されること、以上の諸点及び原判決理由の説示を合わせ考えると、地公法二七条ないし二九条は、職員の離職事由及びその種類を法定し、かつ限定しているものと解するのが相当である。昭和五六年法律第九二号地公法の一部を改正する法律が、地公法第五節「分限及び懲戒」のなかに新たな分限事項として定年制を導入し二八条の二以下の規定を設けたのも以上の見解を前提としているものと解される。

そして、当審における新たな証拠調の結果によつても以上の判断を左右するものではないから、本件定年制は地公法二七条二項に抵触しその効力はないものといわざるをえない。

2  控訴人のその他の主張について

単労職員の法的地位が一般職の地方公務員と異ることは控訴人の指摘するとおりであるが、単労職員にも地公法二七条ないし二九条の適用があり、本件定年制が同法二七条二項に抵触し、被控訴人らにその効力が及ばないことは上記説示のとおりである。また、控訴人の労組法一七条による一般的拘束力に関する主張は、本件定年制を定めた本件協約が有効であることを前提とするものであり、右の前提事項を採用できないことはさきにみたとおりであるから、その余の点を判断するまでもなく右主張は理由がない。

二  給与等、損害賠償、給与等と損害賠償との関係についての認定判断は、次のとおり付加、訂正、削除をするほか、原判決理由三ないし五の説示と同じであるから、これを引用する。

1  原判決六五枚目裏五行目の「請求原因4」の次に「及び被控訴人らが本件各失職時以降控訴人の職員として勤務し、かつ昇給、昇格ありとした場合の給与が別表第二(1)ないし(4)記載のとおりであること(但し、以上の給与は原審における請求額を含む)」と、同七行目の「昇給」の次に「(昇格による昇給を含む、以下同じ)」とそれぞれ付加し、同一二行目の「別紙(四)給与明細表の(1)ないし(4)」を「別表第二(1)ないし(4)の賃金明細表(賃金明細説明を含む、以下同じ)」と訂正する。

同六八枚目裏四行目の「請求原因4記載」を「当事者間に争いない上記1」と訂正し、同七行目から九行目の括孤の部分を削除し、同一〇行目の「抗弁6(一)」の次に「並びに当審における主張二4(二)(1)」と付加する。

同六九枚目表末行の「履行の意思」を「履行を求める意思」と訂正し、同裏一一行目の「一七日」の次に「、被控訴人渡辺は同四九年四月五日」と付加する。

同七三枚目裏一行目の「別紙(四)給与明細表」を別表第二賃金明細表」と、同四行目の「請求原因4」を「右各明細表」とそれぞれ訂正し、同一〇行目の「抗弁6(二)」の次に「並びに当審における主張二4(二)(2)」と付加する。

2  控訴人の当審における主張二4(二)(3)につき検討する。一個の債権の一部についてのみ判決を求める趣旨を明示して訴を提起した場合、訴提起による消滅時効中断の効力は、その一部についてのみ生じ残部には及ばないが、右趣旨が明示されていないときは、請求額を訴訟物たる債権の全部として訴求したものと解すべく、この場合には、訴の提起により右債権の同一性の範囲内において、その全部につき時効中断の効力を生ずるものと解するのが相当である(最高裁昭和四五年七月二四日判決、民集二四巻一一七七頁参照)。本件記録によれば、被控訴人らは、原審において、本訴提起後数次の請求の趣旨の変更を経て昭和五三年三月一日の口頭弁論期日で別表第三、第一審請求額記載のとおり請求し、当審において、昭和五五年七月一五日及び同五六年一一月一六日の各口頭弁論期日で別表第三、第二審請求額記載のとおり請求を拡張したものであり、被控訴人らが原審において、本件給与債権ないし損害賠償債権のうちの一部についてのみ判決を求める趣旨であることを明示したものとは認め難く、かつ弁論の全趣旨によれば、当審で請求を拡張した債権は原審で請求した債権と同一性の範囲内に属するものと認められるので、前説示の理由により、本訴提起による時効中断の効力は当審における右拡張部分を含めて生じているものというべきである。よつて、控訴人の前記抗弁は採用できない。

3  原判決七四枚目表五行目の次に左のとおり付加する。

「五 将来の給与、損害賠償金の請求

右請求のうち、口頭弁論終結の日の翌日から本件地位確認判決の確定の日までの分は、右請求の内容、控訴人の態度等からみて被控訴人らにおいて予め請求する必要があると認められるが、その確定後もなお控訴人が被控訴人らに対し給与等を支払わないであろうと認めるべき資料はないから、右確定の日の翌日以降の分については予め請求する必要があるということはできない。」

4  原判決七四枚目表六行目の「五」を「六」と訂正し、同七行目から同裏三行目までの説示を左のとおり訂正する。

「以上の認定及び弁論の全趣旨を総合すれば、前記三3説示の賃金性(給与性)を肯認しうる部分は、別表第一(1)ないし(4)の各(一)の当該被控訴人関係部分に記載のとおりであり、前記四説示の損害賠償として肯認しうる部分は、別表第一(1)ないし(4)の各(二)の当該被控訴人関係部分に記載のとおりとなることは計算上明らかである。

従つて、被控訴人らの第一次請求(給料・諸手当)は、以上の賃金性を肯認しうる部分及びこれに対する昭和五六年三月分までのものにつき各支払期日後である被控訴人ら主張の日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当としてこれを認容し、その余の請求は失当としてこれを棄却すべく、前記損害賠償として肯認しうる部分及びこれに対する昭和五六年三月分までのものにつき各不法行為後の被控訴人ら主張の日から支払ずみまで前同様の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人らの予備的請求は正当としてこれを認容すべきである。」

5  当審における新たな証拠調の結果によつても以上の判断を左右するに足りない。

三  結論

よつて、控訴人の控訴並びに被控訴人らの附帯控訴に基づき原判決を主文1ないし5項のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、被控訴人らの主文7項を超える部分の仮執行宣言の申立及び控訴人の仮執行免脱宣言の申立は不相当と認めてこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 石川恭 首藤武兵 蒲原範明)

別表<省略>

原審判決の主文、事実及び理由

主文

1 原告塩貝太吉、同福島正雄、同山田米三郎、同渡辺シナヨが、それぞれ被告の設置する学校の校務員たる地位を有することを確認する。

2 被告は原告塩貝に対し金一五四四万六五六一円と、同福島に対し金一四八二万六四九六円と、同山田に対し金一一一一万一九三四円と、同渡辺に対し金九五〇万八九三九円とこれに対する昭和五二年三月二一日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員及び昭和五二年四月一日以降毎月二〇日限り原告塩貝に対し金一九万二四五六円、同福島に対し金一八万三八一六円、同山田、同渡辺に対しそれぞれ各金一八万二一九六円を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 この判決は2項に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

一 原告ら

主文と同旨。

二 被告

1 原告らの請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二主張

一 請求原因

1 当事者

原告らは、いずれも任命権者である訴外大阪市教育委員会(以下「市教委」という)に被告の設置する学校の校務員として採用された地方公務員で、かつ地方公務員法(以下「地公法」という)五七条にいう「単純な労務に雇用される者」(以下「単労職員」という)に該当する職員である。

2 本件協約と原告らの失職

市教委は、昭和四五年九月三〇日締結の別紙(二)の協約書(以下「本件協約」という)が大阪市立学校教職員組合(以下「教組」という)、大阪市教職員組合連合協議会(以下「市教連」という)との間に締結された校務員、作業員の所定年令到達による退職条件制度、すなわち定年退職制度(以下「本件定年制」という)及びその処遇を定めた労働協約であるとの立場から、本件協約の効力に基づき、原告らがそれぞれ別紙(一)「失職日」欄記載の日に被告職員としての地位を失つた旨の通知をし、同日以降の就労を拒否して給与の支払をしない(以下、「本件失職」という)。

3 本件失職の無効理由

しかしながら、本件協約は左記理由により無効ないし原告らに効力の及ばないものであるから、原告らは本件協約によつてその地位を失うものではなく、なお被告の設置する学校の校務員たる地位を有するものである。

(一) 本件協約の効力

(1) 本件協約の当事者は市教委と教組である。すなわち、本件協約書(別紙(二))末尾の当事者の署名捺印欄には市教委、教組のほかに組合側当事者として市教連、大阪市教育従業員労働組合(以下「市教従」という)、大阪市学校従業員組合(以下「市学従」という)、大阪市高等学校教職員組合(以下「市高教」という)、大阪市高等学校事務職員組合(以下「市高事」という)も連記しており、これらの組合等も当事者ではないかとの疑問を生ずる余地がないではないが、同協約書冒頭には「大阪市教育委員会と大阪市立学校教職員組合は・・・・退職条件制度について、交渉を重ねた結果、意見の一致に達したので、この協約を締結する。」と記載し、更にその末尾においても、協約書「原本二通を作成し・・・・教委と教組が、それぞれ一通を保管する。」と記載し、本文で明白に合意の主体を特定しているところからみて、本件協約の当事者が市教委と教組であることは極めて明白というべく、右教組以外の組合等は教組が組織、運営の実態がないので構成員を拘束するだけの社団性がないことや、最終的に右組合等の機関において検討する関係で立会人的趣旨で別紙(二)末尾のとおり列記されたものである。

(2) 原告らは教組に加入したことはない。すなわち、教組はその規約によれば、個人加盟の単一組合であるから構成員各個人の意思による加盟手続が必要となるが、原告らは何らその加盟手続をしたことはなく、その組合費も払つたことはない。

以上のとおり、原告らは本件協約の当事者である教組に加入していないのであるから、その効力を受けることはない。

(二) 教組、市教連の労働協約締結能力

(1) 団体交渉の妥結結果及び労働協約は当然にその当事者及び構成員を拘束するのであるから、その主体となりうる労働者団体は必ずしも労働組合法(以下「労組法」という)二条にいう労働組合又はその連合体に限らないが、労働条件の維持改善等労働者の経済的地位の向上を目的とし、組織、運営面で一般に必要な規約、機関、代表者を有し、その目的の範囲内において組合員である労働者の労働条件を決定するための権能を一般的に付与され、かつ単一意思に基づいて行動し、その締結した協約の履行にあたつてその構成員を拘束しうるだけの統制力の確立された社団的実態を備えていなければならず、特に、労働組合の上部団体の場合には加盟各単組に対し統制力を及ぼしうるだけの組織体であることが必要である。

(2) 教組は、その規約によれば、大阪市立学校の市費負担教職員(以下「市費教職員」という)をもつて構成する個人加盟の単一組合であるが、原告らを始め教組へ加入手続をした市費教職員はなく、従つて、その構成員は存在しない。教組結成の経過は、昭和三六年当時運動方針等のみ決定できるにすぎない市教連の幹事会において、市教連加盟の七単組の組合員のうち市費教職員のみをもつて市労連への加盟に努力しようとの提案がなされたにすぎず、市費教職員が自ら各人の意思によつて加盟手続をしたことはないし、教組がいつ、どこで、誰が出席して結成総会を開いたかも全く不明である。

従つて、教組の規約は昭和四二年七月一日施行のもので、それまでの間は全く規約がなく、右の規約も組合員の加入手続や統制に関する労働組合として最も基本的な事項について全く規定が設けられていない。また、教組自体の組合事務所はなく、組合専従者、事務局員も置いていない。更に、組合費の徴収をしたことはなく、教組「結成」後、一度も規約に規定された大会を開催したこともなく、運動方針を掲げたり、現実に運動を展開したこともない。しかも、役員は市教連の役員がそのまま自動的に教組役員を兼任するため、府費負担教職員(以下「府費教職員」という)が教組役員を兼任するという組織矛盾を生じている。

(3) 仮に、市教連も本件覚書の当事者であるとしても、市教連は、その名のとおり大阪市教職員組合連合協議会であり、規約上も「加盟組合の自主性を尊重し、相互の協力によつて組合員の労働条件を維持改善し、・・・・」(三条)と規定する反面、加盟各単組の義務や統制に関する規定はなく、組合員全員の意思を反映させる大会を開催する規定もない。また、常駐の役職員はなく、書記局は加盟各単組の事務所に置かれている。

更に、役員は加盟各単組の三役か各単組の代表としてそのまま常任幹事に選出され、決議においても各単組の自主性が尊重されており、課題が発生したときに各単組の代表が集まつて協議し、一定の申し合わせないし決議をするだけで、その執行も各単組に任されており、指導力、統制力はない。対被告大阪市(以下単に「対市」ともいう)、対市教委との団体交渉も、交渉事項にかかわりある単組三役に市教連の議長又は事務局長が加わるにすぎないものである。

なお、これまで市教連と被告ないし市教委間に労働協約というに足るものは一切存在しない。

(4) 以上によれば、教組は単に名称と規約が存在するだけの全く実態のないもので、その結成すら疑問視され、社団性を有しているとは到底言い難いものであるし、市教連も時折加盟各単組の代表が集まつて申し合わせないし決議を行なつたりしながら共同して運動を進めるための協議機関あるいは共闘組織にすぎないというべく、各単組の活動の総和を超えたより高次の団結体としての社団性を有するものでないことは明白である。

従つて、教組、市教連はいずれも労組法二条の労働組合又はその連合体に該当せず、かつ社団性もないから労働協約を締結する能力を有しないものであり、本件協約は労働協約としての効力を有せず、原告らがこれに拘束されることはない。

(三) 定年制の不合理性

仮に、本件協約が定年制を定めた労働協約であるとしても、

(1) 定年制は労働者の労働継続の意思及び能力の有無に拘らず一定年令に到達するという自然的、確定的事実の発生によつて当然に退職させる制度で、その法的性質は解雇ないし解雇基準を定めたものである。

かかる定年制は、一定年令に達すると肉体的、精神的能力が低下し、労働能率や仕事に対する適格性が減退するとの前提に立ち、労務員の節約と人事の新陳代謝の観点から主張されるのであるが、労働能力の減退には個人差があり、一定年令の到達により労働への適格性が当然に失われるものではなく、職務内容によつては多年の経験により円熟味と効率の増大する場合も少なくなく、特に、近時の平均寿命の大巾な伸びからみても、五五歳や六〇歳(いずれも満年齢、以下同じ)が労働不適の年齢であるとは考えられないところで、現に民間企業における定年延長、再雇用、再就職の傾向はこのことを端的に示すものであり、「老齢化社会」、「労働力人口の老齢化」へと進みつつある我が国社会の現状に照らせば、むしろ壮年ともいうべきこの労働力を定年制で切り捨てることは社会的にみても大きな損失である。

また、定年制につきいわれる労務費の節約及び人事の刷新の必要は、使用者側の都合にすぎず、賃金体系、労働力の配置、運用の工夫により解決すべき問題で、何ら定年制を合理化するものではない。

他方、我が国においては、定年制により退職を余儀なくされた労働者は退職金も乏しく、再就職も困難で、運よく再就職できても労働条件が劣悪であるため、貧困な社会保障制度のもとで生活不安にさいなまれているのが現状である。

以上から明らかなように、定年制は、単に使用者側に都合が良いという以上に合理性を肯定しうるかは疑問であり、我が国の現状に照らせば、むしろ労働者の生存権、労働権に対する重大な脅威となつているもので、到底合理的なものとはいいえない。

(2) しかも、本件で問題となつている校務員は、地公法上単労職員として扱われ、古くは学校内に住込み、事実上家族全体で仕事をしていたこともあり、一般の事務や教職の労働者と相当由来を異にし、また、その職務も肉体的労務を中心とするものではなく、事務連絡等を主とする性質上、たくましい体力、高度の知力を要せず、一学校あたりの配置人員もせいぜい三、四人までで、昇進制度もなく、後進にポストを譲らねば組織運営上障害が生ずることもないのであり、このようなことから、校務員はかなりの年齢に達して雇用された者が多く、肉体的、精神的に働くことが不可能となるまで勤めることができる職業と期待して就職し、社会通念上もそのようなものとして受けとられているのである。従つて、給与も一般の公務員と異なり技能労務職給料表が適用され、もともと低額に押さえられており、年功序列型賃金体系の下でも定年制による使用者のメリツトは極めて少ないのである。

以上のとおり、定年制は一般的に不合理なもので、特に校務員につき右不合理性は一層明白であり、少なくとも右(2)記載の点からみて校務員に定年制を適用することは不合理であつて、許されないものというべきである。

被告は、本件定年制の合理性の理由の一つとして給与ないしその基準の改善等を挙げているが、この点は一般的な労働条件の改善に属するものであつて定年制と不可分ではなく、労働組合の要求闘争のなかで容易に実現されうる水準のもので、現に大阪府下の他市では定年制がないのに拘らず大阪市よりはるかに上位の賃金水準を有しているのであつて、右主張は理由がない。

(四) 地公法違反

(1) 地公法は、一般職に属する地方公務員(以下「職員」ともいう)の身分保障につき、法律に特に明定する欠格事由に該当する場合(二八条四項)のほか「この法律で定める事由による場合でなければ、その意に反して、降任され、若しくは免職されず、・・・・」(二七条二項)、「この法律で定める事由による場合でなければ、懲戒処分を受けることがない」(同条三項)と規定し、二八条で分限の、二九条で懲戒の各事由、手続等を厳格に定めているが、このことは、職員のその意に反する不利益処分の事由を限定すると共にその種類をも限定しているのであり、定年制による失職も右各法条の制約に服することは明らかである。

(2) 右身分保障は、職員の身分の安定をはかることにより公務の中立性と安定性を確保すると共に、争議権の剥奪等労働基本権に様々の制約を受ける公務員につき、その生存権保障の趣旨からこれら制約に見合う一種の代償措置の役割を担つているのであり(最高裁判所昭和四八年四月二五日判決、刑集二七巻四号五四七頁)、右規定が強行性を有することも疑問の余地のないところである。

(3) 校務員等単労職員は、地公法の認める職員団体に加入できる一方、地方公営企業労働関係法(以下「地公労法」という)により労働組合を結成し、一定の範囲内での団体交渉権及び労働協約締結権を有しているが、労働基本権の柱ともいうべき争議権は剥奪されていることなどに鑑みれば、右地公法二七条ないし二九条の適用をも受ける単労職員にも右(2)記載の身分保障の趣旨がそのまま妥当することはいうまでもなく、従つて、地公法の右各法条は単労職員を含め公務員の利益保護の方向で厳格に解釈すべきである。

以上のとおり、地公法は二七条ないし二九条において、職員の意に反する不利益処分の事由及び種類を制限して職員の身分保障をしており、定年制による失職も当然その制約に服するものであるから、本件協約が定年制を定めたものであれば右各法条と矛盾し、これに違反する違法、無効のものというべく、原告らが本件協約によりその地位を失うことはない。

4 給与

(一) 原告らの本件失職時における等級号、給料月額等は別紙(三)記載のとおりである。

(二) 原告らが本件失職をせず、被告の職員としての地位を有し、かつ通常に昇給等した場合、

(1) 昭和五二年三月末までに被告から支払を受くべき給与及び昇給の等級号は、別紙(四)給与明細表の(1)ないし(4)記載のとおりである。

(2) 同年四月以降毎月支払を受くべき給料、扶養手当(原告塩貝のみ)、調整手当は、別紙(四)給与明細表の(1)ないし(4)の各昭和五一年度欄の「一ケ月に対する給料月額、諸手当」欄(上下に分かれているときは下段)記載のとおりである(その各合計金額は、原告塩貝は一九万二四五六円、同福島は一八万三八一六円、同山田、同渡辺はいずれも一八万二一九六円である)。

(3) 被告の給与支払日はその月の二〇日である。

5 仮に、原告らの本件失職後に生ずべき昇給等が後記被告主張の如き理由で認められず、従つて、前記4の給与等と失職当時の給与に基づく計算額との差額部分につき給与性(以下「賃金性」という)が認められないとしても、

(一) 本件失職処分をしたのは被告を補助する機関たる市教委であり、その個々の構成員たる職員が原告らの身分取扱いにつき故意又は過失により、前記2、3のとおりその職務執行として誤つた判断をした結果、市教委がその公権力の行使として本件失職処分をしたもので、このような場合には市教委も国家賠償法(以下「国賠法」という)一条にいう公務員というべきであるから、被告は同条項に基づき本件失職処分により原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

被告は、「失職処分」の存否を問題とするが、国賠法一条は「公権力の行使」を要件としているのであつて、抗告訴訟の対象の如き「処分」の存在を要件としているものではなく、本件失職が同条にいう行政上の作用としての公権力の行使にあたることは明らかである。

(二) 本件失職処分がなければ、原告らの得ることのできた賃金相当損害金は前記4の給与と一致するが、本訴においては被告が賃金性なしと主張する冒頭掲記の差額分相当損害金のみ請求する(従つて、この部分と賃金性が認められる部分との合計額は前記4のそれに一致する)。

6 結論

よつて、被告に対し、原告らは、それぞれ被告の設置する学校の校務員たる地位の確認並びに原告塩貝につき一五四四万六五六一円と、同福島につき一四八二万六四九六円と、同山田につき一一一一万一九三四円と、同渡辺につき九五〇万八九三九円とこれらに対する弁済期ないし不法行為の後である昭和五二年三月二一日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払及び同年四月一日以降毎月二〇日限り、原告塩貝につき一九万二四五六円、同福島につき一八万三八一六円、同山田、同渡辺につき各一八万二一九六円の金員の支払を求める。

二 請求原因に対する認否及び反論

1 請求原因1、2の各事実は認める。

2 (一) (1) 同3(一)(1)の事実は争う。

本件協約締結の当事者は市教委と教組、市教連である。教組のほか市教連も当事者である理由は後記(二)のとおりである。

(2) 同(2)の事実中、原告らが本件各失職時に教組の組合員でなかつたことは認めるが、その余は争う。

原告らは、元市教従の組合員であり、かつ同時に教組の組合員であつた。

(二) 同(二)はすべて争う。

教組及び市教連の労働協約締結能力並びに本件協約の法的性質は次のとおりである。

(1) 労働協約締結能力

イ 市教連は市教委所管(地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という)二三条三号参照)の学校園に勤務する市費・府費教職員を組合員とする市教従等別紙(五)記載の七単組(以下「七単組」という)の連絡協議会であり、かつ上部団体であり、しかも対市統一交渉団体で、その最高決議機関は拡大常任幹事会(各加盟単組から選出された拡大常任幹事で構成)である。

市教連は、拡大常任幹事会で、七単組からの要求をとりまとめて労働条件に関する要求事項を討議、決定していたが、右事項を大別すると、(イ)府労連交渉事項と(ロ)対市教委交渉事項に分かれ、後者には<イ>市費教職員の給与、諸手当、退職金等の諸問題と<ロ>府費ないし府費並みの教職員につき(イ)を除いた事項及び市教委独自で解決すべき事項があり、(イ)は府労連の対大阪府統一交渉に任せ、(ロ)についてのみ市教委と交渉し、妥結、決定をしていた。

ロ ところで、被告職員のうち、右市教委所管の教職員以外の職員(市長部局職員(以下「市職従業員」ともいう)。すべて市費で、被告職員の九五パーセント以上を占める)は大阪交通労働組合等五単組(後、教組を含め八単組となる。別紙(五)参照)に結集し、右各単組は大阪市労働組合連合会(以下、「市労連」という)を結成し、これより対市統一交渉を行ない、労働条件の妥結、決定をしていたため、市教連の対市教委交渉は右市労連の対市統一交渉の結果をまつてなされ、対市教委交渉が二段構えとなつていた。そのため、市教連は市労連の対市統一交渉に参加する必要を認め、他方市労連も市教委関係の市費教職員も市労連に結集して統一交渉を持つべきものと考えていた。そこで、市教連は昭和三六年一二月一日市労連に準加盟したが、その際、市労連には市費教職員のみにより構成された単組の加入しか認めない組織原則があるため、市教連加盟七単組の市費教職員のみによる単組を結成して正式加盟することが条件とされた。そこで、市費教職員のみによる対市統一交渉団体を結成する必要から、同月一六日右七単組の市費教職員約四〇〇〇名を構成員とする教組が結成されたため、教組は昭和三八年一月二九日市労連に正式加盟し、以後前記(ロ)<イ>の事項は市労連の対市統一交渉に参加して妥結、決定し、市教連は前記(ロ)<ロ>の事項についてのみ対市教委交渉をして妥結、決定している。

ハ なお、教組については、昭和三六年一二月一六日市教連加盟七単組の市費教職員代表者をもつて結成大会が開かれているし、右七単組の市費教職員の加入手続は、各単組毎の教組への加入決定により団体としてなされた(例えば、組合員がすべて市費職員である市教従では、第一四回定期大会で教組への加入が決定された)。また、単組であるからといつてその加入手続を組合員個人がなさねばならないことはなく(教組規約にもそのような定めはない)、団体で加入手続をしても何ら異とするに足りないし、組合費は、例えば市教従では市労連費の名目で一括して組合員から徴収しており、市教組のように府費教職員もいるところでは、市費教職員のみから教組費を徴収しているのである。

ニ このように、市教連及び教組は、前記(ロ)<イ>の事項につき、市労連加盟の前後により対市教委交渉か対市交渉かの違いがあるが、それぞれに団体交渉をし、数多くの労働条件について妥結、決定をしてきたのであり、前記教組結成の経緯から市教連と教組とは一体として運営されてはきたが、それぞれに実体を持つ労働組合であり、労働協約締結能力を有するものである。

(2) 法的性質

単労職員は、地公法五七条、地公労法附則四項により地公労法が適用される結果、同法五条により労働組合を結成し、これに加入でき、同法七条により免職その他労働条件に関する事項を団体交渉の対象とし、これに関し労働協約を締結することができる。そして、同条は労働条件に関する交渉事項を何ら制限しているものではなく、定年制も労働条件の一種であるから(最高裁判所昭和四三年一二月二五日判決、民集二二巻一三号三四五九頁)、交渉の対象とし、労働協約を締結できることとなる。

本件協約は、市教委と教組及び市教連が当事者となり、後記のとおり校務員、作業員の定年制及びその際の処遇を定めて書面に作成したもので、これは同法七条二号の「免職・・・・・の基準」又は四号の「労働条件」に関する事項に該当し、労組法一四条の方式も具備しているのであるから、同法一六条にいう「労働条件その他の労働者の待遇に関する基準」を定めた労働協約として同条により規範的効力が付与され、強行性と直律性を有するものである。

従つて、本件協約は地公法にいう職員団体による書面協定ではない。

なお、本件定年制妥結の決定は職種毎の労働条件を決定しうる市教連の職種部会の一つである校務員部会がしたが、右事項は労働条件に関するもので、従つて市労連交渉事項であり、市教連加盟の七単組も右事項の市教連決定の後、市労連分科会交渉即教組交渉として妥結することを決定していたこと、更に、市教連校務員部会の決定は実態として教組の校務員部会の決定と同一であることから、教組も本件協約の当事者として、締結の形式をとつたものである。

(三) 同三は争う。

本件定年制実施の経緯とその合理性は次のとおりである。

(1) 本件定年制実施の経緯

前記のとおり、被告大阪市には市長部局職員と市教委所管の職員とがあつたが、市長部局職員については、被告と市労連との交渉により成立した五五歳定年制の合意に基づき既に昭和三一年一〇月からこれが実施され、以来市労連との協定による定年制の適用を受け、一人の例外もなく右制度により退職していた。

一方、市教委所管の教職員のみその多数が府費教職員ということもあり、給食調理員を除き定年制がなく、必要の都度退職希望者を募つてきたが、定年制を有する市長部局職員との間に処遇面の基盤に相違があり、ために初任給基準、格付基準、退職手当支給率等各種の処遇について市長部局職員と同様の改善を要求実現することができなかつた。特に、給与面に関する妥結内容においても市長部局職員の行なう市労連交渉の妥結内容より低位の内容での妥結を余儀なくされ、従つて条例に基づく給料表は同一であつても、初任給基準、格付基準、退職手当支給料の運用において様々の格差が存したのである。

市教連は右のような給与面の格差を是正、改善すべく、前記のように市費関係職員を教組に結集して市労連に加盟し、市教委と交渉を重ねたうえ、昭和四三年三月二九日、昭和四五年四月三〇日までの暫定的定年制を定めた覚書を締結して定年制を導入し、昭和四三年四月末から実施し、更に引続き、昭和四五年九月三〇日本件協約を締結したものである。

(2) 本件定年制の合理性

定年制は、人間の労働力に年齢に基づく自然的限界があることを前提に、かかる限界に近づきながら相対的に高賃金の高年労働者を退職させることにより若年労働者の雇用を可能ならしめると共に、人事の停滞や士気の沈滞を防止し、組織、運営の体質改善の必要をはかることに根拠をおくもので、市民サービスの向上にも役立ち、公共の福祉の実現を最高の理念として運営さるべき地方公共団体の行政に不可欠であるし、他方組合側にしても、優遇措置により退職処遇を改善し、個別的勧奨退職を避け、一定年齢までの身分を保障すると共に、作業能力低下による他の職員への労働過重を防止するなどの利益があるのであつて、定年制それ自体を不合理なものということはできない。

このようなことから、大多数の民間会社で定年制が実施されているのであるが、そこでの定年は五五歳とするところが約半数を占め、また、被告大阪市において職員の九五パーセント以上に適用されている市労連との協定による定年制も五五歳定年であるし、そもそも肉体的労働力は四〇歳を境に急激に下降を始め、六〇歳に至つては四〇歳時の二分の一に低下するのである。本件定年制は、五五歳をはるかに超える六〇歳をもつて定年とし、退職優遇措置を講じているのであつて、そのうえ校務員、作業員の職務内容が肉体労働を主とする単純労務であることを考慮すれば、本件協約の定年制は極めて合理性を有するものである。

なお、原告らは、校務員は事務連絡等を主務としており、体力の低下はほとんど問題にならない旨主張するが、校務員の職務内容はこれにとどまらず、校舎内外の整備等に関する業務、学校内の園芸業務、各種行事の準備、宿日直、その他学校長が学校運営上必要と認めた業務などがあつてかなりの肉体労働であり、体力の低下はその職務遂行に重大な支障をきたすのである。現に、市教委は右の点を考慮し、昭和四三年以降校務員の採用を三五歳以下の者に限つている。

(四) 同(四)の主張は争う。

定年制は地方公務員の身分保障の趣旨に何ら矛盾しないし、地公法二七条、二八条の制約を受けないものである。すなわち、

(1) 憲法自体裁判官につきその身分を保障すると共に定年制を規定しており(憲法七九条五項、八〇条一項但書)、定年制が身分保障と矛盾するものではないことを認めているところであるが、地公法は「地方自治の本旨の実現」を目的とし、このため「人事行政に関する根本基準を確立」し、「地方公共団体の行政の民主的且つ能率的な運営を保障」しており(同法一条)、同法二七ないし二九条は右の趣旨から旧憲法下の猟官や恣意的な人事の弊害を除去するため設けられたものであるが、定年制は一定年齢への到達をもつて退職を定めるもので、恣意的判断の入る余地はなく、人事の公平を期すことができ、老齢により能力の減退した者を淘汰し、行政の能率的な運営を効果的に達成しうる適法かつ合理的な制度であるから、同法の身分保障の趣旨と矛盾するものではない。

(2) しかして、同法二七条一項にいう分限及び懲戒の根本基準としての公正原則は、あくまで公務員個人に対する個々的な不利益処分である分限、懲戒の処分が恣意的でない公正な基準によらねばならないことを定めたにすぎないから、文理上も同条項が定年制を禁止した規定とは解釈できない。また、同条二項は一項の具体化を唱い、そのうち免職については同法二八条一項で定められ、同条項の分限免職事由の判断も個々の職員毎に個別的に公正に行なわれなければならず、従つて、同法二七条二項、二八条一項が個々の職員に対する分限免職事由を四つに限定しているとは解釈できても、右の一事から、地公法が暦年という客観的事実に基づき公務員全体に統一的に適用される分限免職とは異なる法概念の定年制を禁止しているとは文理上も解されない。

(3) 更に、定年制は次の観点からも右法条の制約を受けない。

同法二七条二項の「免職」は、同法二八条一項各号の事由によりその意に反して職員たる身分を失わしめる場合、すなわちいわゆる分限免職を指称するが、同法はこのほか職員たる身分を失う場合として、いわゆる懲戒免職(二九条一項、二七条三項)、いわゆる当然失職(二八条四項)及びいわゆる依願退職(四三条一項参照)を区別して規定しているが、右規定の仕方からみて同法二七条二項、二八条三項にいう「免職」の制約は懲戒免職、当然失職、依願退職と関係ないというべきであるし、更に、当然失職については、同法二八条四項の場合に限らず、期限付任用の期限が到来した場合のように条理上当然認められる場合があり、分限免職に関する右各法条の制約を受けるものではない。

本件失職は、労働協約たる本件協約で定めた期限の到来により当然退職の効果を生じたものであるから、当然失職の一種で期限付任用の期間満了の場合と同様分限免職に関する右各法条の制約を受けることはない。

3 同4の事実は認める。

4 同5の事実は争う。

(一) 市教委の原告らに対する失職通知は、本件定年制により原告らが各失職日の到来により失職したことを念のため通知したものにすぎず、右通知に形成的効果があるわけではなく、また右通知以外に失職処分なるものは存在しないから、原告らの主張はその前提を欠くものであるし、仮に、本件協約の締結を「公権力の行使」というのであれば、その主張は国賠法の解釈を逸脱するものである。

(二) また、本件定年制が労働協約として成立したとする以上、原告らに対する適用は各失職該当日の到来の有無のみであり、本件各失職日について争いのない本件においては右適用の誤りもない。

そもそも本件定年制が地公法との関係で有効か無効かの法的論議があつたからこそ長年月にわたり本件争いが継続したもので、この点は裁判所の結論により明らかとはなるが、その故をもつて市教委職員に故意又は過失ありとすることは結果責任を問うもので、行為責任を問う国賠法と相容れないものである。

(三) 更に、原告らの昇給等に基づく給与部分につき、「賃金性」が認められないのであれば、何ら原告らの権利を侵害しないことになるから、昇給等に基づく給与部分を損害とすることはできない。

三 被告の主張及び抗弁

1 本件協約と労組法一七条との関係

本件協約は市教委と市教連、教組間で原告らを含む市費負担の校務員、作業員を対象とし、昭和五〇年四月三〇日までに満六〇歳以上となる者について、分つて一〇回の退職時期を定めて定年退職制度の実施及びその際の退職の処遇を定めて書面としたもので、前記のとおり労組法一四条の労働協約としての効力を有すると共に、その内容は同法一六条により強行性と直律性を有するものである。

従つて、本件協約は左記理由により、原告らが教組の組合員であるか否か、あるいは、教組ないし市教従より脱退して大阪市学校現業労働組合(以下「学現労」という)に加入しているか否かに拘らず、また右脱退時期が本件協約成立の以前か以後かを問わず、同法一七条により原告らに適用されるものである。すなわち、

(一) (1) 本件の場合、労組法一七条にいう「一の工場事業場」は大阪市立の小、中、高等、盲、聾、養護の各学校及び幼稚園の全部を一の事業場とみるべきで、各学校園毎に考えるべきではない。これら学校園に勤務する市費教職員の給与等の労働条件は、教組、市教連の対市ないし対市教委交渉により妥結、決定され、条例事項は条例が改正されることにより全市的に同種労働者毎に統一維持されてきたのであり、このことは労使慣行として確立しているのである。また、このことは市労連においても同様であつて、従つて、被告大阪市においては労使双方共労働条件は全市統一との規範意識に支えられているのであり、ひとり労働条件の一つである定年制の適用のみ各学校毎に行なうとの認識はなく、原告ら所属の学現労が定年制と不可分一体の給与等の改善部分についてのみ教組、市教連の恩恵を受け、定年制のみ拒否することは許されないところである。

このように、労使同一の規範意識に支えられ、地域的にも大阪市内にあり、勤務内容、労働時間、賃金等の労働条件も職種毎に統一され、協約を規範として支える基盤は確立されているから、大阪市立の学校園全体を一の事業場とみるべきであり、本件協約についてのみ各学校毎に考えるべき理由はない。

(2) しかるところ、本件協約の対象者は大阪市立学校に勤務する校務員、作業員で、昭和五〇年四月三〇日までに満六〇歳以上となる者であるが、このうち原告らと「同種の労働者」で本件協約の対象となる校務員の総数は二七四名であり、うち本件協約の締結当事者である教組ないし市教連加盟七単組にあつて本件協約の適用を受ける組合員は八八・七パーセントにあたる二四三名(内訳は、市教従二二九名、市高教一四名)で、労組法一七条所定の四分の三を超え、現に本件協約の適用を受けて昭和五〇年四月三〇日までに退職した校務員は原告らを除き、九八・五パーセントにのぼる二七〇名である。(右の中には、学現労の組合員も含まれている)

従つて、原告らは同法条により本件協約の効力を受けるものである。

(3) なお、仮に各学校園を「一の工場事業場」とみると、例えば原告ら勤務の各学校単位に本件協定成立時にその効力を受けていた者をみると原告塩貝、同渡辺の各勤務校では四名中三名、原告福島の勤務校では六名中五名、原告山田の勤務校では三名中二名であり、労組法一七条の拡張適用は各学校毎に区々となり、地公法一三条、労働基準法(以下「労基法」という)三条の法意に反する結果をも招来し、また、地方公共団体の人事管理を著しく煩雑化し、かつ重大な支障をもたらすことになる。

従つて、本件の場合は労組法一七条の「一の工場事業場」を学校単位にみることのできない特別の事情があるものというべきである。

(4) また、市教委は、地方自治法一八〇条の七により学校その他の教育機関の職員の任免その他の人事に関する管理執行権限のうち、その一部である校務員の採解に関する権限を各行政区の区長に委任していたが(教育委員会の事務の委任等に関する規則、昭和二八年八月七日(教)規則九号)その他の権限、特に本件定年制等の労働条件の決定権限や服務監督権限はなお市教委にあつて、区長にはないから、労組法一七条の「一の工場事業場」を各行政区単位にみる理由もない。

(二) 原告らは、地方公務員に定年制のないのが地公法本来の身分保障であり、原告ら所属の学現労はこれを既有の権益としているから原告らに本件協約の拡張適用はない旨主張するが、地方公務員に定年制を定めることは禁止されていないこと、仮にこれを禁じているとすれば、違憲、無効であるというべきことは後述のとおりであるから、原告らの主張はその前提を欠く議論である。換言すれば、学現労が定年制に反対であることが明らかであるとしても、それは学現労の運動方針としてそうであるにすぎず、学現労ないしその組合員には本件定年制の協約を適用しないとの労働協約を締結して「既有の権益」を有している状態とはいえず、法的には定年制につき白紙の状態、すなわち何らの協約を有しない状態にあるのである。

2 本件協約と地公法との関係(その一)

仮に、地公法二七条、二八条により地方公務員の定年制が禁止されているとしても、左の理由により本件定年制は同法条に違反するものではない。

(一) 単労職員については、労働協約による定年制は地公法の予定するところである。すなわち、

単労職員には、地公法二七条、二八条の適用が除外されてはいないが、前記のとおり、地公労法五条により労働組合を結成し、又はこれに加入することができ、同法七条により免職その他労働条件に関する事項を「団体交渉の対象とし、これに関し労働協約を締結することができる」としているのであるから、団体交渉の結果本件定年制の如き労働協約を締結すること、その結果定年と共に退職に至ることは地公法自体の予定するところといいうるのである。

右の観点から地公法と地公労法の関係をみれば、地公労法七条の規定は地公法五七条を介して同法二七条二項、二八条三項にいう「この法律で定める事由による場合」、「法律に特別の定めがある場合」にあたるともいいうるのである。

地公法五七条、地公労法七条の規定は、単労職員につき、免職、懲戒事由の具体的基準について労働協約を結ぶ意味しかないとの解釈は、地公労法附則四項自体を無効の規定とし、単労職員に団交権、労働協約締結権を与えた法意を完全に没却するものであるし、そもそも、免職、懲戒の基準は既に地公法二八条一項、二九条一項で定められているのであるから、格段「具体的運用の基準」を定める必要もない。

(二) 本件失職は地公法二七条二項にいう「その意に反して」なされた免職ではない。すなわち、

本件協約は市教連及び教組と市教委との間の団体交渉の結果成立した合意を文書としたものであるから、前記のとおり労組法一七条により本件協約の効力を受ける原告らとしては「その意に反して」免職されたことにはならず、地公法に違反するものではない。

3 右同(その二)

仮に、地公法二七条二項、二八条一項が地方公共団体に対しすべての定年制を禁止しているとすれば、右各条項はその範囲で憲法九二条、九四条並びに一四条に違反する違憲、無効のものである。

(一) 憲法九二条、九四条違反

地方公共団体は「地方自治の本旨」に基づき定められた法律の範囲内で自治権を有し、その財産を管理し、事務を処理し、行政を執行する権能を有し、「法律の範囲内」で条例を制定できる(憲法九四条)のであるから、条例の制定権は憲法の直接の授権によるものであるが、これらの法律は「地方自治の本旨」に基づいて制定されねばならず、濫りに地方自治体の自治権を侵害してはならないのであり、地方自治の本旨を逸脱し、侵害する法律は違憲、無効といわねばならない。

学校その他の公共施設の施設管理は地方公共団体の事務であり(地方自治法二条三項)、これら施設の運営に必要な地方公務員の人事管理もまた地方公共団体の権限に属する事項であるが(地公法一条。なお、地教行法二三条三号)、このことは右法律の規定をまつまでもなく憲法が地方公共団体に自治権を認めた以上当然であり、「地方自治の本旨」からして地方行政の根本にかかわる人事管理権の法律による侵害は許されないところである。

従つて、地方公共団体が「行政の民主的且つ能率的な運営」を目指し、地方議会の議決により、一定の老齢者をその能力の減退が行政の能率的な運営を阻害するものとして定年制を条例化すること(地公法二四条六項)を合理的な理由もなく妨げる法律は地方自治の本旨に反するもので、憲法九二条、九四条に違反する無効のものである。

(二) 憲法一四条違反

国は憲法七三条四号により、国家公務員につき法律を改正して定年制を採用する権限を保留し、また、民間企業については就業規則で定年制を採用することを認めている(労基法八九条一項三号)のに、地方公共団体にのみ法律で定年制を禁止することは憲法一四条の法の下の平等原則に違反するものである。

4 右同(その三)

仮に、地公法の解釈に関する以上の被告の主張が認められないとしても、原告らは同法二八条一項三号に該当するから、本件失職は同法に違反しない。すなわち、

前記のとおり、校務員を含め単労職員は肉体的労働を主たる職務内容とするもので、精神的労働を主たる職務内容とする者に比し高令に伴なう労働能力の減退が顕著であるが、私企業においては一律五五歳定年制が約半数を占め、被告においても市労連との協定により全職員の九五パーセント以上の職員に五五歳定年制が実施されていることなどからみて、単労職員にあつても五五歳程度で既に労働能力の減退が顕著になり、地公法二八条一項三号にいう「その職に必要な適格性を欠く」に至るものといわなければならない。本件協約は五五歳ないし六〇歳の校務員、作業員の単労職員を対象に退職時期とその該当者を定めたもので、五五歳を超える校務員、作業員の単労職員に対して右条項の分限事由を具体化したものとみることができるのであり、本件失職時に原告塩貝、同福島は六〇歳を、同山田、同渡辺は五七歳を超えていたのであるから、一層強い理由で右分限事由に該当する。

市教連、教組は、右のような事情を考慮して退職一時金、退職年金等について有利な処遇を得るため本件協約を締結したのであり、従つて、形式的には分限免職手続によらず本件協約の効力によつて当然失職の扱いがなされたとしても、原告らにとつて有利でこそあれ決して不利益となるものではない。それゆえ、実質的にみて本件協約及びこれに基づく本件失職は地公法二七条、二八条に違反しない。

なお、本件失職は分限免職手続を経ていないが、本件協約による失職は分限免職より有利なのであるから、右は原告らにとつて有利な違法ともいうべく、右の点を争う理由はない。

5 昇給等について

(一) 昇給

一般に公務員の昇給は、国、地方公共団体共に任命権者が予め何らかの基準を設定し、その基準に則り個別の決定をしていることが多く、その基準は千差万別である。

被告大阪市においては、原告ら校務員の昇給については、「一二月を下らない期間を良好な成績で勤務したときは、一号給上位の号給に昇給させることができる」とされ、右の「良好な成績で勤務した」との認定は欠勤者、産前産後の休暇を受けた者、勤務成績不良者等所定の八事由に該当しない者であることが要件とされている(「単純な労務に雇用される職員の給与の種類及び基準に関する条例」(昭和二八年大阪市条例二六号)、「職員の給与に関する条例」(昭和三一年大阪市条例二九号)、「昇給基準の実施細目について」(昭和二五年労第三七二号))。

右のような基準は、国又は地方公共団体の支出が予算の範囲内でのみ行なわれることに鑑み、支出額を予め計数可能ならしめる必要があること、大量の行政事務を短期間に迅速に処理し、かつ庁内全体の適正公平な処理等の要請があることから不可避的に設定されるのであるが、あくまでも行政庁内部の処理基準であつて、直接職員の権利を設定したものではなく、これによつて本来行政庁が有する裁量権そのものが消滅するわけではないから、依然として職員の昇給には任命権者の個別的具体的な決定という裁量処分権の行使を必要とするのであり、これなくして職員が昇給することはない。

従つて、右のような任命権者たる市教委の昇給決定の存しない本件において、これがあることを前提とした給与等の請求をなすことは許されないし、更に、そもそも私人間の争いと異なり司法権といえども三権分立の制度的制約から行政庁に代つて裁量権を行使することはできないのであるから、裁判所も右昇給の決定があつたものとして扱うことは許されず、この点からも原告らの主張は失当である。

(二) その他

(1) 扶養手当については(原告塩貝のみ)、所定の届、書類を市教委へ提出して所定の要件に該当するとの市教委の認定を受けて始めて同手当の請求権が発生するのであるし、期末手当、勤勉手当は職員の勤務実績、すなわち実勤務日数(期末手当)、欠勤日数(勤勉手当)により市教委が各職員につき決定するのであり、右決定のない原告らには前同様の理由により当然支給されるものとみなすことはできない。

(2) また、調整手当は給料月額に扶養手当を加えた額の一〇〇分の八であるが、本件では右合計額が確定しないからその算定は不可能である。

6 消滅時効

(一) 原告らの給与請求のうち原告塩貝、同福島の分については、同原告らが給与の請求をした昭和四九年四月二四日(昭和四九年四月一九日付請求の趣旨変更の申立書の被告送達日)を、遡る各二年以前の分は地公法五八条三項、労基法一一五条、地方自治法二三六条により終局的かつ確定的に時効により消滅したものである。

(二) 原告らの国賠法に基づく予備的損害賠償の請求については、原告らは本件失職時において右昇給等のないことによる損害及びその加害者を知つていたのであるから、右差額分の請求をなした昭和五三年二月二三日を遡る三年以前の分はいずれも時効により消滅しているから、これを援用する。

四 被告の主張及び抗弁に対する原告らの認否及び反論

1 被告の主張及び抗弁1のうち、学現労が市教委との間に定年制及びその処遇に関し何ら労働協約を結んでいないこと、学現労組合員の中にも本件協約の適用を受け退職した者のあること、市教委が校務員の採解の権限を被告大阪市の各行政区長に委任していたことは認め、その余の事実及び主張はすべて争う。

以下の理由により、本件協約の効力が労組法一七条によつて原告らに拡張適用されることはない。

(一) 本件協約の適用にあたり、大阪市立学校園全体を労組法一七条にいう「一の工場事業場」と解することは正しくない。

同条の文言からして、各個の工場事業場と解すべきものであり、かつ勤務条件を律する単位は学校で、現に日常の業務指示及び監督はすべて学校長によりなされていることからみて、各学校を、「一の工場事業場」とみるべきである。また、市教委は校務員の採解の権限を行政区長に委任しており、このことによつて労働条件の基本的部分につき区単位により異同の存することがありうることから考えると、少なくとも各行政区を「一の工場事業場」の単位とみるべきである。

しかるとき、被告は原告らの各勤務校において教組、市教連の組合員が四分の三を上回つているとの主張立証をなさず、また、現実にそのような事実もないから、本件協約の効力が原告らに及ぶことはないし、また、行政区単位でみても、学現労は東淀川区及び旭区において市教従を脱退した特に多数の校務員により結成されたもので、右二区においては、教組、市教連の組織率は四分の三に及ばないから、原告らのうち同区内の学校に勤務する者には本件協約の効力は及ばない。

(二) 労組法一七条は多数労働者の労働組合と未組織労働者との関係を律する規定である。蓋し、憲法二八条は多数労働者に対するだけでなく少数労働者にも等しく団結権、団体交渉権を保障し、少数組合も自主的に労働条件の維持改善を目指すことができ、多数組合といえどもこれを侵害することは許されないのであるから、教組、市教連、市教連加盟七単組とは別個の団結体である労現労の組合員である原告らに労組法一七条の規定が適用されることはない。特に、学現労は市教従、市教連、教組らの本件覚書締結に反対して結成されたもので定年制反対の方針の下で敢てこの点に関する労働協約を締結しないのであり、このような学現労組合員にも右法条により本件協約を適用せんとすることは、その団結権、団体交渉権を著しく侵害するもので、到底許されないところである。

更に、地方公務員のように法律により身分保障がなされ、定年制の実施が違法とされている場合、定年制につき敢て労働協約を締結しないことは、民間の労使間において有利な労働協約を締結しているに等しいと考えなければならない。学現労が定年制に関する労働協約を締結していないのはこの点につき白紙の状態にあることを意味するのではなく、定年制の労働協約を意識的に締結しないことによつて地公法の身分保障を守り権利を確保しているのであり、地公法が「有利な協約」にあたるともいいうるのである。定年制の労働協約は、法律上保障され労働者のすでに有している身分保障を失わしめるものである。

しかも、原告らは相当高年令まで勤務可能であるのに原告らは著しく早期に退職させられるものであり、その優遇措置なるものも原告らが校務員として勤務した場合に得る一年分の賃金にも満たない金額が退職金に上積みされるだけのもので、失職により不安な生活に突き落される原告らにとつて到底有利なものといえないのである。

(三) ちなみに、学現労の組合員の中にも本件協約の定める整理率により退職する者も存するが、これは原告らの本件請求に何ら消長をきたすものではない。

学現労は定年制に反対し、本件訴訟を支援しているが、被告は学現労組合員に対しても本件協約を適用してきている。その場合、個々の組合員にとつて巨大な組織と財力を有する被告と争い、年金も受領せず、長期間に及ぶ訴訟を追行することは困難なことであり、そのような者が被告の要求する「退職願」を書き、被告の交付する金員を受領して退職していくことはやむをえないことである。

法的に考えても、退職者らは、「退職願」を提出して任意退職の形式で退職しているのであり、また、本件協約は、定年制を定めたものとしては効力を有しないが、いわゆる退職勧奨の基準としての意味は有していると考えられるから、退職者らが本件協約所定の率により金員を受領していたとしても何ら異とするに足りない。

2 (一) 同2(一)の主張は争う。

(1) 前記のとおり、地公法によれば、特に明定する欠格事由に該当する場合に失職することのある(同法二八条四項)ほかは、「この法律」の定める分限処分及び懲戒処分によつて免職せしめられる場合を除いてその意に反して職を失うことはない。すなわち、「この法律」以外の条例等の規範形式により同法の例外を定めることを禁止し、失職による労働者への影響の重大性に鑑み、極めて厳格な保障をしており、「この法律」には同法二八条一項の規定が該当するのであるが、労働協約が「法律」に該当しないことは明らかである。

確かに、単労職員は労働協約締結権を有するが、これは法令及び条例に違反しない限りにおいて、地公労法七条の規定する範囲内で労働協約を締結し、これに労組法一六条の規範的効力が付与されることを認めているにすぎず、特殊な場合に限り労働協約に対し条例の効力を超越して法律と同等、同次元の効力を有することまで認めたものではない。法律で労働協約締結権が認められていることから直ちに労働協約に法律と同等の効力を導くことはできない。労働協約は法令又は条例の規定に抵触してはならないのであり、地公労法八条、九条もこの趣旨より設けられたものである。

定年制を設けることは条例ですら許されていないのであり、被告の主張は、単労職員に地公法二七条ないし二九条の身分保障規定の適用が排除されなかつたことを没却し、どのようなことでも労働協約で定めることができるかの如くいうもので、明らかに不当である。

従つて、地公法の右身分保障に関する規定は強行性を有しているから、単労職員はこれに抵触しない範囲においてのみ団体交渉の対象とし、労働協約を締結できるにすぎないが、地公法の規定は一般に抽象的であり、また、労働条件に関係する部分についても一般的規定を置いているにすぎず、労働条件につき網ら的に規定しているわけではないから、なお、十分その存在意義を有するのである。ちなみに、地公労法七条二号も、「・・・・免職・・・及び懲戒の基準に関する事項」と明記しており、地公法の分限、懲戒規定の分限、懲戒事由の具体的適用基準について交渉し、労働協約を締結しうるとしているのである。

以上のとおり、労働協約によつて定年制を定めることも地公法に違反するものであるから、本件協約もまた違法、無効であるというべきである。

(2) 定年制を実施するか否かは地公労法七条但書にいう「管理及び運営に関する事項」であつて、これを団体交渉の対象とすることはできず、従つてまた、労働協約を締結することはできないから、本件協約は同条項に違反する無効のものである。

(3) 仮に、単労職員につき労働協約で定年制を設けることが可能としても、前記の如き厳格な身分保障の趣旨及び定年制が本人の意に反しても当然に職員たる身分を喪失せしめる制度で身分の継続を前提とする通常の労働条件とは質的に異なつた意味を有することに照らせば、労働協約と別にその具体的適用において個々人の同意を得るを要するというべきであり、仮にそうでないとしても、少なくともその協約締結に際しては個々人の同意と同視しうる程度の厳格かつ民主的な手続を要するというべきである。本件協約締結後、被告は本件協約の適用を受ける者から依願退職届をとつて退職させているが、このことは被告自身右のような事情を考慮し、個々の同意を得た形式をとるため行なつている措置と考えられるのである。

然るに、本件協約は、教組、市教連、市教従において、原告らを含む多くの校務員の反対を押し切り、十分意見を反映させる機会を与えないまま強行して締結したものであるから、原告らにその効力は及ばない。

(二) 同(二)の主張は争う。

地公法は「その意に反する」不利益処分を禁止しているものであり、自らの意思による任意退職の許されることは当然である。ところで、地公法はその第三章第九節に職員団体の規定を置いているが、全体として地方公共団体と個々の職員間の身分、任免、服務、給与その他の勤務条件等を定めており、二七条ないし二九条もまた個々の職員の身分関係につき定めたもので、職員個人の個別的意思とのかかわりで職員個々人の身分を保障していることは明らかである(勤務条件法定主義の趣旨に照らして明白である。身分保障は職員個々人の「権利」である)。従つて、同法二七条にいう「その意に反して」の「その意」とは職員個々人の意思を指すことは明らかであり、従つてまた、仮にその属する労働組合が定年制に関する労働協約を結んだとしても、個々の職員の意に反する以上、これを「その意に反」しないものとして失職せしめることは到底許されないものといわなければならない。

3 (一) 同3(一)の主張は争う。

被告の主張は、畢竟地公法の存在を論難するに帰する。国は地方公共団体の人事行政のすべてを個々の地方公共団体の判断に委ねているわけではなく、地公法により職員の勤務条件、身分関係等の基本的な規定を定めているのであり、前記身分保障もこれに含まれているのである。従つて、もし地方公務員に対する人事管理が地方公共団体の権限で、このことにつき国が法律を定めることが地方自治を侵害し許されないとすれば、結局国が地公法を定めたこと自体許されないということになるであろうし、また逆に、身分保障の規定の違憲、無効をいうのであれば、地方公務員の労働基本権を一律に制限していることも地方自治に対する侵害であり、前記の如く右制限に対する代償的役割を身分保障規定が果している面もあるのであるから、右労働基本権の制限も違憲、無効といわねば一貫しないというべきである。

以上の諸点からみて被告の主張は明らかに不当である。

(二) 同(二)の主張は争う。

地方公務員につき身分保障が認められているのは、その職務の性質、労働基本権の制限等の理由があり、何ら不合理なものではないし、民間企業、国との間においても不平等という程の取扱の差異はない。

4 同4の主張はすべて争う。

5 同5のうち、昇給及び扶養、期末、勤勉、調整の各手当が形式的には被告主張のような基準ないし市教委の認定、決定等の手続によつてなされることは認めるが、その余の主張はすべて争う。

昇給についての実際的取扱いは、勤務成績不良者等所定の事由に該当しない以上、一二カ月の期間経過をもつて当然のこととして昇給しており、労使慣行として定着しているといえる。従つて、被告は原告らがそれぞれ別紙(四)給与明細表の(1)ないし(4)記載のとおり昇給したものとして扱うべきである(被告側により失職させられた原告らが在職中の者と同様の処分を求めることは不可能であり、被解雇者に対する昇給等の労働条件の変更は、他の労働者の平均以上の取扱いをしなければならない原則のある以上、上記のように取り扱うべきであり、これによる不利益は不当に失職させた被告側において負担すべきものである)。

6 同6は争う。

なお、損害賠償請求権の消滅時効に関しては、仮に、昇給等賃金性を認め得ない部分につき損害賠償請求権と構成しても、右は校務員たる地位の確認に随伴して派生する金員請求権の法的性質についての評価の差異にすぎず、前記のとおり賃金としての請求がなされ、かつ後記のとおりそれが時効により消滅していないのであるから、本件予備的請求をなしたとしても時効が問題となる余地はない。

五 再抗弁(消滅時効関係)

1 権利の濫用

原告塩貝、同福島は昭和四九年一月二〇日原告ら訴訟代理人に本訴追行の委任をなすまで自ら訴訟追行に当つていたところ、被告が本訴において右原告らの身分の存在を全面的に争つていたため、身分が確認されれば当然不払賃金についても支払が行なわれるものと確信しても無理からぬところであり、他方、被告の公共団体としての性格から考えると、賃金を請求するか否かにつき裁判及び裁判外において同原告らに明らかにするよう求むべきであるに拘らずこれを放置したことなどを併せ考えると、被告の消滅時効の主張は権利の濫用というべきであつて、許さるべきではない。

2 中断

(一) 給与等の請求権について

右原告らは本件協約による失職通知後、直ちに二年内に本訴を提起し、その地位の確認を求めている。

しかし、賃金請求権は身分の存在から派生的に生ずるものであるから、身分の存在を基本的法律関係としてその派生的請求権にすぎない。

従つて、同原告らが本訴を提起したことにより、その派生的請求権である賃金請求権も同時に請求があつたものとして、あるいはこれに準じて時効の中断がなされたというべきである。

(二) 損害賠償請求権について

予備的請求としての損害賠償請求権も、前同様の理由により消滅時効にかかつていないというべきである。

六 再抗弁に対する認否

再抗弁1、2はすべて争う。

仮に、給与等の請求権及び損害賠償請求権が、校務員たる地位の派生的なものにすぎないとしても、右地位の確認の訴により右各請求権につき請求ないし請求に準ずる効果は生ぜず、催告の効果を認めうる余地があるにすぎず、右催告の効果を前提としても右各請求権はいずれも六カ月内に右各請求権についての訴の提起がなかつたのであるから、時効により消滅しているものである。

第三証拠<省略>

理由

一 請求原因1、2項は当事者間に争いがない。

なお、成立に争いのない甲第四七、第四八号証、原告渡辺シナヨ本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告らの生年月日、被告大阪市への採用日、本件失職時の勤務校は別紙(一)の各該当欄記載のとおりであることが認められる。

また、成立に争いのない甲第一号証のイ、ロ及び市教委の「教育委員会の事務の委任等に関する規則」並びに弁論の全趣旨によれば、市教委が地方自治法一八〇条の七及び同規則により学校その他の教育機関の職員の任免その他の人事に関する管理執行権限のうち、校務員の採解の権限を昭和二八年から同四六年頃まで各行政区長に委任していた関係で(この点は委任の期間を除き当事者間に争いがない)、本件失職通知は、原告塩貝、同福島にあつては市教委委員長と同原告が勤務する学校所在地の各行政区長と連名で、原告山田、同渡辺にあつては市教委委員長名でなされていることが認められ、これによれば、本件失職の通知は本件協約の効力に基づき原告らに当然生じた本件失職の事実の通知、すなわち講学上いわゆる観念の通知にすぎず、新たな行政処分を創設するものではない。

二 そこで、以下本件失職の有効、無効につき検討する。

弁論の全趣旨によれば、その労働組合としての適格、実態ないし労働協約締結能力の点はさて措き、市教連及び(原告らの主張によれば名義的だけにせよ)教組の存在自体、並びに本件協約の存在及び市教連が締結当事者となるか否かは別として、少なくとも本件協約が市教委と教組間に締結されたものであることは、原告らの明らかに争わないところである。

しかして、本件失職の有効、無効は一にその前提となつた本件協約の有効、無効及びその効力等にかかり、本訴当事者双方の主張もこの点に関し多岐にわたつているのであるが、本件においては地公法上定年制が認められるか否かが最大の争点の一つとなつており、かつこの点が消極と判断された場合には他の点につき敢て判断する必要がないこととなるので、先ず、労働協約による定年制が地公法上認められるか否かの点について判断する。

1 校務員に適用される法律関係

地方公共団体の設置する学校に勤務する校務員は、前記一認定の事実から明らかな如く、地公法三条二項にいう一般職に属する地方公務員であるから、原則として地公法が適用されるが、同時に同法五七条にいう単労職員に該当するため、その職務と責任の特殊性に基づき同法の特例を必要とするものについては別に法律で定めることになつているところ、地公労法附則四項によれば、その「労働関係その他身分取扱については、その労働関係その他身分取扱に関し特別の法律が制定施行されるまでの間は」、地公労法(一七条を除く)及び地方公営企業法(以下「地公企法」という)三七条から三九条までの規定が準用されることとされているが、右の「特別の法律」は現在に至るも制定されていないため、結局校務員を含む単労職員の「労働関係その他身分取扱」は、原則として地公企法三九条によつて適用を除外された規定(但し、地公労法附則四項後段の読み替え規定により、職員団体に関する地公法五二条から五六条までの規定は適用除外しないもの、と読み替えられる)以外の地公法、地公企法三七条(職階制)、三八条(給与)及び地公労法(一七条を除く)が適用されることになつている。

その結果、校務員を含む単労職員は、地公労法により争議行為は禁止されている(一一条)ものの、労働組合を結成し、又はこれに加入することができ(五条一項)、七条各号に掲げる事項を団体交渉の対象とし、これに関し労働協約を締結することができる(七条)と共に、他方同時に地公法上の職員団体を結成し、又はこれに加入することができ(地公法五二条三項)、また勤務条件について地方公共団体の当局と交渉し(同法五五条一項)、書面による協定を結ぶことができる(同条九項)。そして、その労働関係について地公労法に定のないものについては、一部規定を除外したうえ労組法及び労働関係調整法の規定が適用される(地公労法四条)。

なお、本件で問題とされる分限及び懲戒を規定した地公法二七条ないし二九条の適用を受けることはいうまでもないところである。

2 地公法と定年制の関係

(一) 地公法によれば、職員は一六条各号(三号を除く)の一に該当するに至つたときは、条例に特別の定がある場合を除く外、その職を失う(失職、二八条四項。なお、同項にいう「条例に特別の定」は前後の文言からみて「その職を失う」場合の例外、すなわち例外的に失職しない場合のあることを認めたもので、三号を除く一六条各号の事由以外に失職事由を定めうることまで認めたものではないというべきである)ほか、「この法律の定める事由」に基づく分限処分及び懲戒処分によつて免職せしめられる場合(二七条二、三項、二八条一項、二九条一項)を除いて、その意に反して免職されることはない(二七条二項)とされている。同法は職員の任意の退職について直接規定していないが、これが許されることは二七条二項が「その意に反して」の免職のみ禁止していることからも明らかである(いわゆる依願免職。なお、人事院規則八―一二、七一条は国家公務員につき、「辞職」を規定している)。

なお、条件附採用期間中の職員及び臨時的に任用された職員については右身分保障の規定の適用はない(二九条の二)。

以上のように、地公法は職員がその意に反して身分を失う場合としては、失職と分限処分、懲戒処分としての免職のみ規定しているのであるが、失職は所定の欠格条項に該当する事由が生じた場合当然に離職するのに対し、免職は行政処分により離職するものであるから、両者はその法的性格を異にするものである。

(二) ところで、定年制は、労働者が所定の年令に達したことを理由として、自動的に、又は解雇の意思表示によつて、その地位(職)を失わせる制度であると解され(最高裁判所昭和四三年一二月二五日判決民集二二巻一三号三四五九頁参照)、前記一認定のとおり、本件定年制は、任命権者たる市教委の何らの行政処分を必要とせず、所定の退職時期の到来と共に当然退職することを定めたものであるから、右の自動的にその地位を失う定年制の一種であり、従つて、法的には失職事由を定めたものであるということができる。

(三) そこで、地公法と定年制との関係についてみるに、地公法は職員の身分、任免、服務、給与その他に関する勤務条件を法定する立場をとつているが、同法がもともと職員の利益を保護する性格をも有していることなどからみて(同法一条参照)、右法定主義は職員の利益を保障する趣旨で規定されていると解すべきことは最高裁判所の判決が示すとおりであり(昭和四八年四月二五日刑集二七巻四号五四七頁、同五一年五月二一日刑集三〇巻五号一一七八頁、同五二年五月四日、刑集三一巻三号一八二頁、また、右各判決によれば、職員が右身分保障を享受していることが同時にその労働基本権制約に対する代償措置の一つとして機能するものと指摘されていることなどに鑑みれば、職員の不利益処分を規定する地公法二七条ないし二九条の規定は職員の利益保護の方向でその要件も厳格に解釈すべきものというべきである。従つて、同法はその第三章職員に適用される基準第五節分限及び懲戒において、失職を含め職員の不利益処分のすべてを網ら、明定し、これによりその身分を保障しているものと解すべく、これを職員の離職に限つていえば、同法は二七条二項、二八条一項により分限免職とその事由を、二七条三項、二九条一項により懲戒免職とその事由を、二八条四項により当然失職とその事由をそれぞれ規定しているが、これは職員の離職事由のみならずその種類をも右の三種に限定し、それ以外の離職は職員個々人の意に反しない免職のみ認めているものというべきである。更に、同法は職員の採用については条件附採用制度をとり(二二条一項)、臨時的任用について特に規定を設け、その要件、期間等を限定していること(同条二、五項)などからみて、同法は定年制を禁止し、職員の任用を無期限のものとする建前をとつているものと解すべきである(最高裁判所昭和三八年四月二日判決、民集一七巻三号四三五頁参照)。

もつとも、同法の右のような身分保障の趣旨は、職員の身分を保障し、安じて自己の職務に専念させることにより公務の遂行を全うならしめることにあると解されるが(前掲判決参照)、一般に定年制それ自体が公務員ないし右のようなその身分保障の趣旨に必ずしもなじまないものではないことは、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第四六号証の二(室井力の鑑定書)により認められる西ドイツ連邦官史法四一条一項(法律に基づく例外を認めつつ官吏について六五才定年を定めている)のほか、我が国においても、その職務と責任の特殊性に基づくとはいえ、裁判官(憲法七九条五項、八〇条一項但書、裁判所法五〇条)、検察官(検察庁法二二条)、国公立大学の教員(教育公務員特例法八条二項)、公正取引委員(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律三〇条三項)、会計検査官(会計検査院法五条三項)、自衛官(自衛隊法四五条一項、同法施行令六〇条及び別表九)等に定年制が認められていることからも推認できるところである。そして、職員といえども老令による労働能力の逓減は一般的に避けられないところであるが、地公法はこの点について、職員が営利追求の原則として自由な民間企業の場合と異なり、「地方公共団体の住民全体の奉仕者として実質的にはこれに対して労務提供義務を負うという特殊な地位を有し、かつその労務の内容は公務の遂行、すなわち直接公共の利益のための活動の一環をなすという公共的性質を有する」(前掲昭和五一年五月二一日の判決)うえ、その職務の内容も種々雑多で一律定年制を定めることが困難なことに鑑み、定年制によつてではなく二八条一項一ないし三号の運用によつて個々的に解決しようとしたものと解すべきである。

ただし、右のようなやりかたは、見方によつては特定の老令者に対し老令による能力の減退を宣告することになつて非礼なばかりか、再就職の機会を奪う虞なしとしない反面、職員の新陳代謝は定年制がなければ円滑にゆかないということもでき、実際問題として、右分限免職規定の運用の困難なことは、公知のとおり今日大多数の地方公共団体において右目的を達するため広く退職勧奨の行なわれていることからも明らかである。しかし、地公法は、労働立法政策として定年制禁止を含む身分保障規定を置くことにより、職員をして安んじて職務に専念させて公務の遂行を全うならしめもつて公務の中立性と安定性並びに能率的運営をはかろうとしているものというべきである。

なお、期限附任用の期限が到来した場合のように地公法上明文がなくとも当然失職する場合がありうることは、被告主張のとおりであるが(前掲昭和三八年四月二日判決参照)、右期限附任用といえども無制限に許されるものではなく、それを必要とする特段の事由が存し、かつ前記地公法の身分保障の趣旨に反するものであつてはならないとされているのであつて(前掲判決参照)、期限附任用の認められる場合があるからといつて定年制が認められることにはならないのである。このことは、また、前記地公法とほぼ同様の論理により定年制を禁止していると解すべき国家公務員の場合について(国家公務員法(以下「国公法」という)第三章官職の基準第六節分限、懲戒及び保障参照)、人事院規則八―一二、一五条の二の一項但書は所定の要件のもとでの期限附任用を認めているが、原則を定めた同項本文において、「任命権者は、・・・恒常的に置く必要がある官職に充てるべき常勤の職員を任期を定めて任用してはならない。」と規定していることからも明らかである。

上来説示するところから明らかな如く、定年制は地公法の明定する失職ないし免職事由に該当しないものであるから、同法二七条二項の制約に服し、かつ個々の職員の意に反する限り同条項に反する無効のものというべきである。なお、労働協約は法令より下位の法規範で、法令に抵触する限度で効力を有しないのであるから(地公労法八条ないし一〇条参照)、定年制の定が労働協約であるか否かは右の結論に何ら影響を及ぼすものではない。現行法上、定年制の導入は法律の改正なくしてあり得ないというべきものである。

(四) 成立に争いのない甲第四二号証の二によれば、次の事実が認められる。

昭和二五年地公法が制定される以前には相当数の地方公共団体が条例等により定年制を設けていたが、同法二七条二項の施行された昭和二六年八月一三日以後右の定年制を定めた条例等は同条項に抵触するものとして右定年制を廃止しており、この点は自治省も再々の行政実例により確認しているところであり(行政実例、昭和二六年三月一二日付地自公発第六七号、昭和二九年一一月二〇日付自丁公発第一九七号、昭和三〇年三月八日付自丁公発第四〇号、いずれも自治省公務員課長回答)、また、政府は昭和三一年以来三回にわたり地方公共団体が条例で定年制を実施しうることとする地公法の一部改正案を国会に提出しているが、いずれも審議未了、廃案となつている。

また、弁論の全趣旨により成立を認める甲第三七号証によれば(当裁判所に顕著な事実でもある)、地公労法三条二項の職員の同法七条二号の懲戒の基準の意味について、昭和三四年三月一七日付で東京都交通局労働部長から労働省に対し「地公労法は地公法の特別法である関係上、地公法二九条一項規定の懲戒の基準とは別個に新たな懲戒の基準を労働協約として締結し得る意か。もし、然りとすれば労働協約は法律に優先する結果になり、然らずとすれば地公労法七条二号の懲戒の基準は無意味な規定と思われるが如何」との質疑がなされ、これに対し、同年四月八日付で労働省労働法規課長から「地公労法七条二項により同法三条二項の職員の懲戒の基準に関する事項を団体交渉の対象とし、これに関し労働協約を締結できるが、右の職員についても地公法二七条一、三項、二九条の適用があるから、右事項に関してはこれらの規定に抵触しない範囲内においてのみ団体交渉をし、労働協約を締結することができるものとする。」との応答がなされており、この理は定年制設置の可否に関しても、そのまま妥当するところである。

更に、今日大多数の地方公共団体が定年制を設置することなく、退職勧奨(実務上その行き過ぎが問題とされることもあるが、それ自体はあくまでも職員個々人の任意の意思形成を前提とするものであり、法的に問題はない)を実施し、高令職員対策としていることは前記のとおりである。

以上のとおり行政解釈も実務も、現行法上定年制は地公法二七条二項により禁止されており、その実施は法律の改正によらなければならないことを前提としているもの、ないしこのことを前提とするもので、上来説示の当裁判所の見解とも一致するものである。

(五) そこで、この点に関する被告の主張について判断する。

(1) 地公法二七条二項は個々の行政処分としての免職を規定したものであり、一定の客観的事由の発生に基づく当然失職の事由を限定したものではないから、当然失職を定めた本件定年制は文理的にも同条項に違反しないし、その身分保障の趣旨にも矛盾しないとの主張について

確かに、地公法は「免職」(二七条二項、二八条一、三項、二九条一項)と「その職を失う」(失職)(二八条四項)とを使い分けているが(同法はこのほか「退職」の語も用いる、四三条一項)、このことから被告主張のように解すべきでないことは前記のとおりであり、更に、地公法自体、「職制若しくは定数の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合」(二八条一項四号)、「刑事々件に関し起訴された場合」(同条二項二号)の一定の客観的事由の発生も分限処分の対象としているし、定年制はその法的性格をどのように構成するかに拘らず、実質的効果は免職と異なるものではなく、仮に、地公法二七条二項が失職等一定の客観的事由に基づく不利益措置と関係ないものとすれば、地方公共団体は定年制を始めとして右のような不利益措置を条例等により自由に設けることができることになり、かくては、同法が同条項を通じて意図した身分保障の趣旨の大半はその下位規範たる条例等により失われる虞なしとしないことからみても採用できないところである。

(2) 単労職員は「……免職、…及び懲戒の基準に関する事項」(地公労法七条二号)及び「…、労働条件に関する事項」(同条四号)について団体交渉し、労働協約を締結することができ、労働協約は同法四条、労組法一六条により規範的効力が付与されていることから、労働協約により定年制を設けることが可能で、かつこれは地公法五七条を通じ同法二七条二項にいう「この法律で定める事由」にあたるから同条項に違反しないとの主張について

しかしながら、右の「この法律」とは地公法をさし、その具体化は同法二七条一項によつてはかられていると解すべきであるし、地公労法七条二号も、「…免職、…及び懲戒の基準に関する事項」としていることからみて、被告主張は右法条の文理解釈から採用できないところであるが、更には、被告主張の如き解釈によれば、単労職員は労働協約を締結することにより地公法所定の不利益処分以外の新たな種類の不利益処分ないしその事由を自由に設置できることになり、しかも労働協約である以上、それが労組法一七条の要件を満たせば、当該協約を締結した多数単労職員のみならず、それ以外の未組織、場合によつては少数組合の単労職員にも拡張適用されて規範的効力が及ぶことにならざるを得ず、かくては協約当事者としての多数単労職員はさて措いても(もつとも、当該協約が多数決によつて締結された場合には、これに反対した単労職員については未組織ないし少数組合の単労職員と同様の問題がある)、右の未組織ないし少数組合の単労職員にとつては勤務条件法定主義のもとに個々の職員の身分を保障した地公法の趣旨は没却されることになりかねないし、また、逆に、同法所定の不利益処分の種類及び事由と矛盾する労働協約、例えば、同法所定の不利益処分の種類及び事由を限定する労働協約も可能で、しかもそれが「この法律で定める事由」として法律と同等の効力を持つことになり、かくては法律よりも下位の効力しか有しない筈の労働協約が法律を改廃する効力を持つ結果となることからみても、右の解釈は到底採用できないところである。

地公労法の前記規定は単労職員につき地公法の前記身分保障の規定に反しない限度で地公労法七条所定の事項につき団体交渉をなし、労働協約を締結できることを認めたにすぎないと解すべきものであり、しかも、地公法によれば、同法所定の不利益処分の「手続及び効果は法律に特別の定がある場合を除く外、条例で定」めることになつており(分限につき二八条三項、懲戒につき二九条二項)、前記のとおり労働協約は条例に抵触する限度で効力を生じないのであるから(地公労法八条)、地公労法七条二号又は四号所定の事項に関する団体交渉及び労働協約の締結できる範囲は自ずと限定されているのである。

(3) 本件協約は数組及び市教連と市教委との団体交渉の結果成立した合意を文書としたものであるから労組法一七条によりその効力を受ける原告らとしてはその意に反して免職されたことにはならないとの主張について

定年制を定めた労働協約が地公法に違反し効力を有しないことは上来説示のとおりであるから、そのような合意が定年制を定めた限度で法的効力を持たないことも明らかであり、従つてまた、一般的拘束力を云々する前提を欠くし、この点は別としても、そもそも地公法二七条二項(なお、二八条二、三項も同様)にいう「その意に反」するか否かは職員個人の意思にかからしめていること、換言すればそのような方法により職員個人毎に身分を保障していることはその前後の文言からみて明白というべきであり、このような個別的意思が労働協約という労働組合の団体意思による一括処理になじむものかどうか疑問であるばかりか、被告主張のように解すると、単労職員については同法の明示する不利益処分の種類及び事由以外にも、労働組合との合意としての労働協約さえあれば新たな不利益処分の種類及び事由を付加することができ、かつこの点につき個々の単労職員の意に反しても当該不利益処分を課することができることになり、同法が勤務条件を法定することにより意図した身分保障の趣旨に明らかに反する結果となることからみても、採用できないところである。

(4) 地公法二七条二項、二八条一項が、地方公共団体が条例により定年制を定めることを禁止しているとすれば、その限度で右条項は憲法九二条、九四条並びに一四条に違反するとの主張について

憲法九二条は「地方自治の本旨」が何であるかを明示していないが、地公法は同法二七条二項、二八条一項等の各規定を通じて職員の身分を保障し、安んじて職務に専念できるようにすることが「地方公共団体の行政の民主的且つ能率的な運営を保障し、もつて地方自治の本旨の実現に資する」(同法一条)との立場で規定したもので、右のような見解もそれなりに合理性を首肯しうるところであつて、このような立場を是とするか否かは畢竟立法政策の問題というべきであり、定年制を禁止することが直ちに「地方自治の本旨」に反するとはいいえないというべきである。

更に、地方公務員は全体の奉仕者として公共の利益のために勤務するもので(憲法一五条、地公法三〇条)、その給与は主に税収によつて賄われ、勤務条件は法定され、労働基本権も制限を受けるなどその職務と責任に特殊性を有するのであるから、民間企業において定年制設置ができるからといつて地公法の前記規定が憲法一四条に違反するということはできない。また、国公法も国家公務員に対する身分保障の反面として定年制を禁止していると解すべきことは地公法と同様であるところ(国公法七五条、七六条、七八条等)、国家公務員と地方公務員とはその公務員としての地位、責任、職務の本質等において径庭はないと解すべきであるから、地公法が定年制の設置を地方公共団体の制定する条例に委ねず国公法と同様法律の改正によらねばならないとしているからといつて、直ちに憲法一四条に反することにはならないといわなければならない。この点も、前同様畢竟立法政策の問題というべきである。

(5) 地公法が定年制を禁止しているとしても、本件協約は五五歳ないし六〇歳以上の校務員作業員につき同法二八条一項三号の分限事由を具体化したもので、その適用を受けた原告らも五七歳あるいは六〇歳を超えていたのであるから本件失職は有効であるとの主張について

同条項はその文言自体からみても、またその身分保障の趣旨からも明らかな如く、職員個人毎に具体的にその適格性を判断することを要求しているものであるところ、一般に老令により労働能力、殊に肉体的能力の逓減すること(もつとも、職業によつてはその長年の知識と経験により却つて労働能力が高まることもあるが、校務員、作業員の業務はそのような種類のものではない)は公知の事実であるが、その逓減の程度に個人差のあることも公知の事実であつて、同条項該当事由の有無を画一的に年令をもつて処理することは同条項の趣旨に反するばかりか、定年制を禁止した同法を潜脱するものであり許されないところであるといわざるを得ない。従つて、被告の右主張はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

(六) 弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認められる乙第五八号証(山内一夫の鑑定書)及び成立に争いのない同第六五号証(南博方の鑑定書)中、上来説示部分に反する見解は当裁判所の採用しないところである。

3 本件協約の効力

本件協約が当然失職の事由を定めたものとしても、それが地公法の明定する失職ないし免職事由に該当しないことは同法二八条一項、四項、一六条(三号を除く)に照らし明らかであり、従つて、同法二七条二項の制約に服すべきもので同条項に違反する限度において無効のものといわざるを得ない。

もつとも、以上のように本件協約が地公法二七条二項に違反し無効のものであるとはいつても、それは定年制を定めた限度において無効であるというにすぎないのであるから、法的に全く無意味のものと解する必要はなく、例えば、本件協約の締結に賛成した個々の組合員については場合によつてはその意に反しない免職となることもあろうし、また、本件協約の適用を受け何らの異議をとどめず退職した者も特段の事情のない限り同様に解することができよう。更に、本件協約は所定の退職時期到来による退職「該当者が所定の退職時期に洩れなく退職することを条件に」所定の優遇措置を実施する旨定めたもので、見方によつては教組、市教連が所定の退職該当者である校務員、作業員を全員洩れなく退職させるよう努力すること、その反面において全員が洩れなく退職した場合には退職者に対し市教委が所定の優遇措置を講ずること(但し、条例に基づくことを要する。地公企法三八条四項)を合意したものとみることができ、従つて、個々の校務員、作業員にとつては、該当者が例外なく退職するとの条件付とはいえ、退職勧奨の基準として機能すると解する余地もあろう。

しかしながら、成立に争いのない甲第四五号証の一ないし四、乙第六四号証の一ないし六、右甲号証及び弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第四、第五号証、その成立の真正につき市教委作成部分については当事者間に争いがなく、その余の部分は弁論の全趣旨により認めうる乙第二九号証、証人越智敏幸、同山本豪の各証言、原告渡辺シナヨ本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告らはいずれも元市教従の組合員であつたが、教組、市教連及びその加盟組合であつた市教従が校務員、作業員に対する定年退職制度を設置すべく、市教委との間で、先ず昭和四三年三月二九日に昭和四五年四月三〇日までの暫定的定年制を定めた覚書の締結及び同年九月三〇日の本件協約締結による定年制の導入に反対して、原告福島は昭和三七、八年頃、同渡辺は昭和四三年四、五月頃、同塩貝は同年七月頃、同山田は昭和四六年末頃にそれぞれ市教従を脱退し、同様に右定年制の導入に反対して市教従を脱退した校務員、作業員により昭和四三年六月二二日定年制反対を基本方針の一つとして結成された学現労に加入していることが認められ(被告主張によれば、原告らは同時に教組の組合員でもあつたことになるが、そのことを仮定してみても、その教組への加入は市教従組合員であつたことに基づくのであるから、市教従の脱退と同時に教組をも脱退したと認められる)から、いずれにしても、原告らが本件協約を根拠にその意に反して失職させられる理由はないというべきである。

上来説示のとおり、本件協約が定年制を定めたものとすれば、それが労働協約であると否とに拘らず地公法二七条二項に抵触し、その限度で効力を有しないものというべきであり、従つて、原告ら個々人のその意に反する本件失職がいかなる意味においても有効とされる根拠はないから、その余の点につき判断するまでもなく、本件失職は無効のものであつて、原告らはなお被告の設置する学校の校務員たる地位を有するものといわざるを得ない。

三 給与等について

1 請求原因4の各事実は当事者間に争がない。

2 そこで、被告の主張及び抗弁5につき検討するに、原告ら校務員の昇給及び扶養・期末・勤勉・調整の各手当(以下「諸手当」という)に関し市教委の認定、決定を要し、その手続、要件等が被告主張のとおり定められていること、原告らが本件失職がなく校務員たる地位を有していれば右条例等所定の要件を満たし、市教委の認定、決定を受け得て、別紙(四)給与明細表の(1)ないし(4)記載のとおり昇給し、諸手当の支給を受け得たことも前記のとおり当事者間に争いがない。

しかしながら、先ず昇給については、原告らに対する市教委の個別的な認定、決定の存しない以上、右認定、決定を受け得たというのみで、直ちに当該認定、決定が存したものとして扱うことはできないものというべきである。蓋し、前認定のとおり、昇給については「…昇給させることができる。」と規定されているのであるから、昇給をするか否かは市教委の裁量に基づく認定、決定に委ねられているもので、職員の権利を設定したものではないからである。もつとも、昇給が市教委の裁量であるとはいつてもその恣意的運用の許されないことはいうまでもなく、前認定の認定基準の設定は右趣旨から大量の職員の昇給の認定、決定が適正、公正かつ迅速に行なわれることを確保し、もつて成績主義に立脚する地方公務員の給与制度を維持せんとするための内部的なものである。

従つて、昇給については市教委の個別的な認定、決定を要するほかないと解すべく、前記認定基準に合致するからといつて当然に右決定があつたものとして扱うことはできず、殊に、市教委が行政庁であることに鑑みるとき、右認定、決定があつたものとして扱うことは裁判所が市教委に代つて右認定、決定をなしたことになり、この点からも許されないものというべきである。

右のように解すると、原告ら主張のように、失職したため右認定、決定を受けうる余地のあり得ない原告らにとつて本件失職により蒙つた不利益を完全に回復することができなくなるが、この点はその根本的紛争原因たる地位の存否の解決に伴い行政庁たる被告側の是正措置に待つほかなく、その間は所定の要件に基づき債務不履行ないし不法行為によつて填補するほかないものといわざるを得ない。

この点について、原告らは、昇給については形式的要件さえ満たせば、欠格条項に該当しない限り「良好な成績で勤務した」者として全員昇給し、このことは慣行化している旨主張し、原告渡辺シナヨ本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、昇給の運用実態が右のとおりであることは認められるが、このことは市教委の昇給が法令に従い適正かつ公正になされている当然の結果とみることもでき、右事実があるからといつてこのことが直ちに慣行化しているとまで認めるには足りないし、仮に右のような慣行を肯認しえても、右慣行は認定基準の運用に関するものであつて、このことから直ちに市教委の認定、決定があつたものとなすことはできない。

次に、諸手当について検討するに、成立に争いのない乙第七三号証(「単純な労務に雇用される職員の給与の種類及び基準に関する条例」)及び地公法三八条によれば、諸手当はいずれも単労職員が権利として支給を受けることのできるものであることが認められるが、調整手当以外の手当については前認定の手続ないし市教委の認定、決定を要する。

しかるところ、扶養手当が問題となる原告塩貝については、前認定のとおり、本件失職当時既に配偶者(妻)を扶養親族として扶養手当の支給を受けていたのであるから、同原告については扶養手当に関する市教委の認定、決定を得ていたことが推認され、従つて、法令所定の変更事由の生じない限り右手当の支給を受けうるものというべく、右事由のないことについては当事者間に争いがないから、同原告において右手当の請求をなしうべきものである。

また、調整手当についても賃金性を認めうる給料月額と扶養手当を確定しうるのであるから支給を受けうべきものである。

他方、期末、勤勉手当については、一応支給率自体は定まつてはいるものの、前認定のとおり、その支給額については職員の勤務実績に基づきその都度個別的な決定を要する以上、前記昇給についてと同様の理由により、右決定があつたものとして扱うことはできない。

3 しかして、本件失職処分の無効であることは前記二に認定のとおりであるから、請求原因4記載の給与等のうち、昇給したことを前提とする部分及び年末、勤勉手当部分をそれぞれ除く部分については給与として支給を受けることができ、被告はこれを支払う義務がある(本件において、右給与の内訳を認定する必要のないことは後記のとおりである)。

4 そこで、進んで被告の主張及び抗弁6(一)につき検討するに、一般に労働契約上の労働者たる地位は、これと一体不可分として生じ、かつその消長を共にする賃金等の請求権をも包摂する包括的なものであるから、右の地位の確認を求める訴は右のような賃金等の請求権を包摂する包括的な法律関係たる地位の確認を求めるものであり、従つて、訴訟法的には右訴が当然に賃金等の請求権を訴訟物とするものではないにしても、右地位に包摂される右のような賃金等の請求権についてもその権利を主張し、ないしは履行を求める意思を含むことは明確というべきである。殊に、賃金請求権は労働に対する対価、報酬として正に労働者としての地位の確認を求める利益の中核をなすものであり、労働契約上の地位確認の訴は右請求権を確保するためにあるといつても過言ではない。

このように、労働契約上の地位確認の訴には、労働者たる原告において右地位に伴つて生ずる賃金等の請求権についての主張ないし履行の意思が明確に表示されているのであるから、消滅時効制度の趣旨からみて、右訴の提起は賃金請求権についても裁判上の請求に準じてその時効を中断させる効果があるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、単労職員のみならず公務員の勤務関係を法的にどう把握するかに拘らず、その実質は民間労働者の場合と異ならず、その給与は勤務に対する対価、報酬であり、前記法理が同様に妥当すると解すべきところ、原告塩貝、同福島は本件失職通知を受けた後二年内の昭和四六年一二月一〇日、原告山田は昭和四八年七月一七日にそれぞれ校務員たる地位の確認を求める訴を提起したことは本件記録に徴し明らかであるから、同原告らについては右各訴を提起した時点で右給与請求権の消滅時効は中断しているものというべく、従つて、同原告らの前認定の請求権が時効により消滅しているということはできず、被告の主張は理由がない。

四 損害賠償

1 原告らの予備的請求原因は昇給等に基づく給与請求のうち、賃金性が認められない部分について不法行為としての損害賠償を求めるにあるから、前記三認定の賃金性を認めなかつた部分につき不法行為の成否を検討する。

(一) 本件失職が無効で、右は任命権者たる市教委が地公法及び地公労法の解釈、適用を誤つたことに基づくことは前記二認定のとおりである。

しかして、(1)地公法上条例により定年制を設置し、その結果個々の職員の意に反して当該職員を失職させることの許されないことは、前記二認定のとおり自治省の行政解釈においても再三確認され、昭和三一年以来三回にわたり国会において地公法を改正し条例により定年制を設置できるようにする法案が問題とされ、各地方公共団体の大多数も右行政解釈を前提に退職勧奨、優遇措置の設置等により実質定年制の実をあげるべく努力していたのであり、(被告が本件覚書の締結等により定年制の必要性を認めておきながら、条例により定年制を設置していないのは右の解釈を自認しているものと推認される)、学説上もこれが定説とみるべきこと及び前掲最高裁判所昭和三八年四月二日判決も地公法が職員の任用を無期限とする建前をとることを肯認し、右解釈を是認するものと推認されることは当裁判所に顕著な事実であり、右の点は地公法の解釈上疑義のないところというべきである。

また、(2)労働協約といえども法令に抵触する範囲で効力のないことは前記のとおりであり、右の理は単労職員の地公法五七条、地公労法附則四項、七条と地公法二七条二項との関係についてそのまま妥当することも、前記二のとおり行政実務、学説上明らかであつたといわなければならない。

もつとも、以上(1)、(2)の点については、本訴において、被告から、現行地公法上も条例により定年制を設置することは認められるとする見解(前記乙第五八号証)、単労職員については労働協約を締結すれば可能であるとする見解(前記乙第六五号証)も提出されているが(これらの見解の採用し得ないことは前記二のとおりである)、これらの見解はいずれも通説的見解ではなく、実務上もとられていないところであり、市教委が本件協約締結当時ないし本件失職通知をなした当時いかなる学説、判例、行政解釈、実例に立脚してなしたのか何ら立証がなく(被告が、本件協約が有効であるとの見解を記載した鑑定書として提出した前記乙第五八号証は本訴追行の過程中に作成されたものであり、同趣旨の乙第六五号証も、本件協約の前身である前記昭和四三年三月二九日付覚書後に作成されたもので、前者は本件協約の締結及び本件失職当時明らかでなく、後者も、前記覚書締結当時明らかではなかつたと認められる)、却つて当時においても右(1)、(2)のように解すべきことについては、(1)については既に確定したものであり、従つて特段の合理的事情のない以上(2)のように解すべきことも明らかであつたというべきであり、本件においては市教委に右特段の合理的事情を見出す証拠はない。

市教委は行政庁であり、以上のような行政解釈及び学説、判例のあつたこと、従つて、単労職員の定年制設置の可否につき労働協約によつても許されないことを職務上当然知つていたか、少なくともこれを知るべき立場にあつたものというべきである。

成立に争いのない甲第一六、第一七号証、第四五号証の一ないし四、乙第二号証、証人岡本民夫、同谷口寛の各証言によれば、本件協約の締結にあたつては、本件協約による定年制の導入につき校務員、作業員各人につき賛否の署名を徴し、本件協約の適用にあたつては、その退職の形式は当該退職該当者所属の学校長あるいは市教連加盟組合から当該退職該当者に対し退職願を出すよう指導、勧告し、右退職願の出された分については依願退職の辞令を出していたことが認められるのであり、このことは、市教委においても本件協約の適用にあたり当該退職該当者の意に反して職員を失職させることに問題があることを考慮した措置と推認されるのである。

ところで、市教委は被告大阪市の執行機関として設置されているもので(地方自治法一八〇条の五)、原告ら校務員の任免権限も元来被告大阪市が処理する教育に関する事務及び法律又はこれに基づく政令によりその権限に属する事務であり(地教行法二三条三号)、市教委の委員の任免も被告大阪市の長がなし(同法四条一項、七条)、予算も被告において編成すること(同法二九条)などからみて、市教委が職務執行としてその任免権限に基づき原告らを失職させたことは、すなわち被告の公権力の行使にあたるものというべきところ、以上から明らかなとおり、本件失職は市教委が少なくとも過失により地公法、地公労法の解釈を誤り、その結果本件覚書を理由に原告らの意に反してなした違法なものであるから、これにより同原告らに生じた損害は被告において賠償すべきである。

(二) 原告らが本件失職をすることなくその地位を有していれば、その後も別紙(四)給与明細表の(1)ないし(4)記載のとおり昇給し、期末、勤勉手当を受け得たであろうことは前記三認定のとおりであるから、原告らのうべかりし利益は請求原因4記載の金員と一致すべきところ、原告らはそのうち前記三において賃金性を認め得ない部分に限つて予備的に請求しているのであり、従つて、右部分相当損害金については国賠法に基づく損害賠償として被告に支払義務があるものというべきである。

2 進んで、被告の主張及び抗弁6(二)につき判断するに、右の賠償請求権は、校務員たる地位とこれに包摂される賃金等の請求権に由来し、かつ右賃金等の請求権として請求していた一部につき予備的に新たな法的構成を追加したにすぎないものでその実態に変りはなく、従つて、前記三4と同様の理由により、右賠償請求権についても消滅時効によつて消滅していないものというべきであるから、その余の点につき判断するまでもなく被告主張は理由がない。

五 給与等と損害賠償との関係

以上によれば、前記三の給与性を肯認しうる部分と前記四の賠償請求として肯認しうる部分とを合算すれば請求原因4記載の金員となることは明らかであり、かつこれらの遅延損害金の起算日も本訴請求においてはそれが給与部分か賠償部分かにより齟齬をきたすことはないから、両者の各認容部分を明示しなくとも問題はないものというべきである(被告もこの点は何ら問題としていない)。

従つて、原告らが請求原因4において掲げた請求金員は、一部は給与として、一部は損害賠償として理由があるものというべきである。

六 結論

よつて、原告らの本訴請求は、金員の支払を求める部分については給与及び損害額の合算したものとして、すべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

別紙(三)~(五)<省略>

別紙(一)

氏名

勤務校

生年月日

採用日(昭和)

失職日(昭和)

塩貝太吉

大宮西小学校

明治四四・一・一

二四・九・一

四六・四・三〇

福島正雄

南陵中学校

〃七・一

二五・五・三一

同右

山田米三郎

南津守小学校

大正五・四・一〇

二七・四・一

四八・四・三〇

渡辺シナヨ

市岡中学校

〃五・三・一五

二七・九・一

四八・一二・三一

別紙(二)

協約書

大阪市教育委員会と大阪市立学校教職員組合は、学校職員のうち、校務員および作業員の退職条件制度について、交渉を重ねた結果、意見の一致に達したので、この協約を締結する。

(基本方針)

第一条 校務員および作業員について、採用から退職までの一切の身分処遇を、昭和四五年一〇月三一日から本市職従業員と同様の取り扱いとすることを基本方針とする。

(退職条件制度)

第二条 校務員および作業員は、本市職従業員と同じ退職条件制度(定年退職制度ならびに定年退職制度の特例措置)の適用を受けるものとする。ただし、別記の経過措置をあわせて適用する。

2 校務員および作業員は、前項による所定の時期に、例外なく退職するものとする。

(その他の処遇)

第三条 校務員および作業員の身分処遇の具体的な改善については、第一条に規定する基本方針に則し、双方誠意と信義をもつて交渉するものとする。

この協約の締結を証するため、原本二通を作成し、次のとおり記名押印し、教委と教組が、それぞれ一通を保管する。

昭和四五年九月三〇日

大阪市教育委員会      教務部長  遠藤渉 印

大阪市立学校教職員組合   執行委員長 隅本義行 印

大阪市教職員組合連合協議会 議長    大村正明 印

大阪市教育従業員労働組合  執行委員長 落合安夫 印

大阪市学校従業員組合    執行委員長 村中武夫 印

大阪市高等学校教職員組合  執行委員長 渋谷満穂 印

大阪市高等学校事務職員組合 執行委員長 菊岡茂英 印

別記経過措置<省略>

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